ブレハッチ ショパン前奏曲集/中井正子 ラヴェル ピアノ曲全集の巻

ショパン前奏曲ブレハッチ

Complete Preludes

Complete Preludes

 

op.28の前奏曲集と、op.45の前奏曲、遺作である変イ長調前奏曲、それからノクターンop.62を収録。
いずれも派手さはないものの、ブレハッチらしく折り目正しい演奏解釈で演奏されいます。同じようなフレーズを繰り返すときに、2度めを極端にピアニッシモで弾くのが気になります。表現したいことがあってやっているとは思いますが、ウナコルダも踏むため主張が引っ込んでしまうような印象を受けます。また弱音の音色がいまひとつ伸びてきません。実演では音色表現はとても素晴らしかったので、ピアノの調整か録音の状況が影響していると思います。
ただ、この人の最大の良さだと思っているピアノの鳴りをコントロールする手腕は相変わらず冴えています。全体的にペダルが控えめで清冽な音響を保ちつつも、貧相な響きにならないという絶妙なバランスが聞き所です。これが最大限に生かされるのがop.45とop.62で、前奏曲集op.28がほんとうにプレリュードとしての機能を果たしているように思いました。


ラヴェル ピアノ曲全集 中井正子

ラヴェル ピアノ作品全集

ラヴェル ピアノ作品全集

  • アーティスト:中井正子
  • 発売日: 2012/06/07
  • メディア: CD
 

中井さんはショパンの協奏曲の実演を聞いたことがあるんですけど、あの難曲をいともたやすく、颯爽と弾ききってしまうのでびっくりしました。あれほどのテクニックと音楽性があるならラヴェルの演奏も期待できると思って購入して、期待以上だったCDです。

まず極めて緻密な演奏設計がなされており、楽曲の見通しがよさが際立っています。メヌエットやワルツなど三拍子の扱いに若干の硬さを感じさせることもありますが、舞曲性をあえて強調していないようにも思えるので、これが中井さんの表現なのだと感じました。
どの曲も確実に打鍵をコントロールして、しっかりとした演奏表現ができる前提のテンポで弾かれているのも特徴です。そのため表現が濃密で情報量が多く、それゆえテンポが遅く感じることもありますが、実際はそれほど遅くなかったりします。とにかくラヴェルの意図を伝えようという意識が高いようで、鳥の声や波のうねり、鐘の音などを象徴的に聞かせるのが抜群にうまいです。もちろん、何を象徴しているのか?という解釈は、聞き手に委ねられます。鏡や「高雅で感傷的なワルツ」、「クープランの墓」といった組曲と、単発の性格的小品における表現の密度が変わらないのも優れていますね。日本人のラヴェル録音の中では群を抜く出来栄えだと思いました。

 

劇場版 新世紀エヴァンゲリオン まごころを、君に BGM「主よ、人の望みの喜びよ」を演奏してUPしましたの巻


新世紀エヴァンゲリオン まごころを、君に BGM「主よ、人の望みの喜びよ」を弾いてみた The End of Evangelion OST esu, Joy of Man's Desiring

エヴァの旧劇場版はクラシック曲の使い方がベタすぎて、あまり好きでない時期もありましたが、新劇場版でさらに音楽の使い方がベタになったので許しました。庵野さんは本来は新劇場版の感性(365歩のマーチやグランプリの鷹)なのに、旧エヴァのときはカッコつけてたんですね。たぶん。

そして、こういう曲を演奏していると改めてバッハの偉大さを思い知ります。彼はあくまでもお仕事でこういう音楽を作っているのでしょうが、本当にいい仕事です。複数のフレーズが順次進行的に上がったり下がったりしつつ、ときおり跳躍が入って変化を付けている。ただそれだけの曲で、こんなにも多くの人が感動できるのですから。

ただ、これはいままで弾いてきた中でトップクラスに難しい曲で、全然弾けないので連弾版にしようと思っていた時期もありました。MONTAGE 8 のおかげで弾くことができました。MONTAGE 8 の鍵盤は自分にとってベストマッチで、ピアニッシモからフォルティッシモまできちんとコントロールして自在に弾けるので、伴奏と旋律の声部が分かれているこういう曲の複雑な演奏表現も可能です。もちろん演奏技術が追いついていけば、という前提があります。難しいのは、4度以上の跳躍のところです。右手1本で2声をバラバラにコントロールしつつカンタービレに弾くときに、6度とか7度の跳躍が入ると、物理的につながりません(レガートで弾けない)。それを違和感なくつなげて聞かせるのが腕の見せ所なのですが、MONTAGE のおかげでなんとか弾けているのでした。

若林顕 ショパンエチュード / フランソワ・デュモン ショパン ノクターン全集 の巻

在宅勤務BGMのCDシリーズです。

まず若林顕さんのショパンエチュードから。

全体的に意識的にテンポを抑えて、1つ1つの音やフレーズを丁寧に表現することに注力された録音でお手本のような演奏だと思いました。バッハの影響が強い曲での声部を分割した表現はユニークです(op.10で顕著)。また、短調の曲でのデモーニッシュな表現が良くて、特に新練習曲の短調の曲が良かったです。
若林さんは実演だとその場のノリでいろいろやるタイプの人なので、このCDの印象で演奏会にいくと驚くと思います(笑)

 

ノクターン全集 フランソワ・デュモン(2CD)

ノクターン全集 フランソワ・デュモン(2CD)

 

ラヴェルピアノ曲全集録音で「あんたこんなに上手かったの?いままで何やってたのよ、すごいピアニストじゃないの!*1」と世界中のピアノ音楽愛好家を驚愕させ、極めて高い評価を得たデュモンさんのノクターン全集です。
フランスのピアニストは、ラヴェルドビュッシーではオーセンティックな演奏をしても、ショパンになると好き勝手なことをやりがち*2という先入観を払拭する、とても真摯な演奏でした。リリシズム(叙情性)を重視した解説がついておりますが、ストイシズム(禁欲性)の間違いではないかと思ってしまうほどです。特にデュナーミク(強弱)の表現が抑制されていて、ふつうの演奏より音量を1~2段階落とした上で多彩な音色を使い分けることで、繊細に陰影を描いていると感じました。
また、ノクターンというと通常は歌唱的な旋律の表現が意識されるところを、この人はリズムの多様性にも着目しています。ショパンノクターンは、最初期はジョン・フィールドの影響でアルペジョ伴奏+旋律というスタイルで作曲されていますが、2作目のop.15ですでに「雨だれの前奏曲」のような同音連打伴奏や、マズルカのような3拍目にアクセントがくる3拍子を採用していて、フィールドのスタイルから逸脱していくので、そのあたりの表現も意識されています。
なおPWMナショナル・エディションという、21世紀になって発売された新しい楽譜で演奏されています。自分もショパンの楽譜はこのエディションを使っていますが、その理由はオタマジャクシの表記が大きくて老眼にやさしいからです。

*1:2010年のショパンコンクール5位。1~3位までが有名な人だったこともあり、4位以下の人の印象が薄かった

*2:コルトーやフランソワの影響?

ポール・ルイスのベートーヴェン ピアノソナタBOXの巻

在宅勤務中に聞くCDシリーズ。今日はポール・ルイスベートーヴェン ピアノソナタ全集です。

Beethoven: Complete Piano Sonatas

Beethoven: Complete Piano Sonatas

  • 発売日: 2009/11/10
  • メディア: CD
 

聞いていたBOXがこれ↑なのでリンクを貼っていますが、ピアノ協奏曲とディアベリ変奏曲も入った全集がリイシューで出ているので(下記)みなさん買ってください。 

Complete Piano Sonatas

Complete Piano Sonatas

 

32曲が全部良い演奏です。派手さはありませんが、タッチの制御が細部まで行き届いていて、特にピアニッシモメゾピアノの強弱表現の精度がすさまじく高い。そのため一つ一つのフレーズの説得力が半端ありません。21世紀に発売された全集の中ではベスト3に入ると思います。ヴィルトゥオジティ(名技性)まで含めて楽しみたいならアルフレッド・パールの全集をおすすめしますが、じっくり腰を落ち着けて聞くならこのルイス盤を勧めたいです。

おもしろいのが、ワルトシュタインやハンマークラヴィーアといった華やかな曲でもどこか落ち着いた足取りに聞こえることです。決してテンポは遅くないのですが(ワルトシュタインのフィナーレなどは相当に速い)、絶対に弾き飛ばさないし、急いで突っ込むようなことがないので、音符が込み入っている場面でもドタバタしないんですね。激しい曲でガチャつかないベートーヴェンソナタは珍しいので最初のうちは面食らったんですけれど、とにかく落ち着いて聞けるので、慣れたらとても気持ちよくなりました。

で、この落ち着いた足取りのもたらす見通しの良さが生きるのが、月光の第一楽章などになります。最初から最後までが一筆書きのような演奏です。一筆書きなんだけど、大小のさまざまな起伏も丁寧に表現されていて、マクロ的な視野の広さとミクロな視点でのディテールの美しさが見事なバランスで共存します。このピアニストの最大の美点はここにあると感じます。本当に素晴らしい全集です。

連休終了の巻

見事なまでになんにもしない連休でした。
音楽図鑑のホームページのHTMLソースを直したりしたのですが、更新はせず。

ところで、この時期はヒノキ花粉症も終わって一段落、といいたいところですが、晴れるとブナとかクヌギといったドングリを作る樹木による花粉症で鼻詰まりするのです。今年は近所の神社の木をかなり枝打ちしてくれたおかげで、だいぶ軽症で済んでいます。それでも近寄るとつらい。変な匂いもするので気持ち悪くなります。でもクヌギの花の匂いを感じ取れない人もいるんですよね。

ティボーデのドビュッシー ピアノ曲全集の巻

今日は Jean-Yves Thibaudet のドビュッシーピアノ曲全集を聞きました。いままで数名のピアニストの全集を聞いてきて、ミシェル・ベロフが標準かなとか思っていたのですが、一般的かどうかはさておいて、好きなタイプの演奏はいまのところこのティボーデ盤がダントツでナンバーワンであります。やはりこの人はテクニックが圧倒的に優れていて、際どい表現を飄々とやってのける感じがなんともオシャレで好きなのです。

我々アマチュアドビュッシーを弾くとどうしてもペダル過多で、ボワンボワンに響かせた演奏をして悦に浸りがちです(お前だけだろ、という話もある)。しかしこの人は響きのコントロールが抜群にうまくて、もうちょっと聞かせて、というところでスッと響きを消し去ってしまうんですね。甘える仕草を見せてプイッと他所へ行ってしまう猫のようなピアニズムです(実はラヴェルの全集でもこの人のピアニズムを猫のようだと評したことがある)。そこがたまらない。

CDは全部で4枚。2枚組が2回に分かれてリリースされたようです。
こちらはPreludes(前奏曲集)というタイトルの2枚組CDですが、実はこれが全集の第1弾です。iTunesに取り込むと「Debussy: Complete Works For Solo Piano, Vol. 1」と表示されます。

Preludes Books 1 & 2

Preludes Books 1 & 2

  • 発売日: 1996/08/13
  • メディア: CD
 

前奏曲集と版画、あとは2つのアラベスクや喜びの島などが収録されています。西風と花火で恐ろしいほどのテクニックを炸裂させる一方で、アラベスク1番は遅めのテンポを選択して地に足のついた解釈をきかせます。難易度が低い曲なので、つい高速で弾いて大したことないテクニックをひけらかしたくなる自分への戒めになりました。喜びの島はゴージャス系の演奏としては最高峰だと思います。

そしてこちらが第2弾。

Debussy: Images,Etudes, Complete Works for Piano, Vol. 2

Debussy: Images,Etudes, Complete Works for Piano, Vol. 2

  • 発売日: 2000/05/09
  • メディア: CD
 

練習曲集、映像、ベルガマスク組曲に子供の領域(←「領分」は誤訳として認めないスタンス)と、小品がすこし。練習曲集は初心者にはかなり難渋なので、有名な作品集と組み合わせたのかなと思います。自分はドビュッシーピアノ曲ではその練習曲集がいちばん好きなんですが、ティボーデの解釈は本当に素晴らしいと思います。練習曲集のCDもいろいろ持っていて、内田光子さんの「真剣に遊ぶ」というスタイルは日本人的にすごく親和性があると思う一方で、ティボーデの場合はその遊びに余裕があるため、いっそう音楽が軽やかに飛翔しているように感じます。内田さんは、ドビュッシーの練習曲集のことを、既成の要素を、既成の概念にとらわれず自由自在に使って、全部空に放り投げたようなものだ、と表現していましたが、ティボーデが奏でる演奏はまさにそういう音楽なのです。
そしてベルガマスク組曲や子供の領域は極めて洗練された表現で、思い入れたっぷりな解釈に対する鮮やかなアンチテーゼになっていると思います。でもまあ、とにかくウマい!さすがの演奏だと思います。

フィリップ・カッサールのドビュッシー ピアノ曲全集の巻

 全体的にくぐもった音質のCDです。録音時期によって音質は違いますが、総じて良くないと感じました(同様の評が多い)。1990年代のDECCAのフランス系ピアニストの録音はこういう音づくりが多くて、フランス=印象派=ぼやけた音、という先入観でディレクションされているのではないかと穿った見方をしたくなってしまいます。

L Oeuvre Pour Piano

L Oeuvre Pour Piano

  • アーティスト:Cassard
  • 発売日: 2012/02/07
  • メディア: CD
 

演奏内容は、まったりとした雰囲気の曲は絶妙な甘さや色っぽさを感じさせる一方で、打鍵・離鍵速度が遅いので運動性が要求される曲は切れ味が不足して不満が残ります。あとフォルテが十分に出ていません。最初は録音のせいと思いましたが、あまりガンガン弾きたくないようです。「ゴリウォークのケークウォーク」などの軽妙な曲で、意図的にスルッと逃げるような表現をするのは、なかなか意地悪だと思いますが憎めないです(笑)