エヴァンゲリオン解説その9:碇ユイ

エヴァの中で最も自分の願いを具現化できた人はだれか?というと、碇ユイになります。すべて計画通りに物事を進められたのは、この人だけなのです。ユイの視点で物語を俯瞰すると、複雑に絡み合ったエヴァンゲリオンのストーリーがすっきりしたものになります。

ユイの生い立ちや考え方、行動内容
  • ユイはゼーレ有力者の娘と思われます。そのため、(裏)死海文書の内容をかなり正確に把握していました。第一始祖民族の意思、つまりアダムやリリスの存在意義も把握していたと考えられます。
  • 生物学者として成長したレイは、碇ゲンドウの野心を利用して自分の望みを果たそうとします。もちろんゲンドウを愛していたとは思いますが。
  • ユイは第一始祖民族の意図やアダムやリリスの存在意義を理解したことで、アダムの覚醒による地球上の全生命のリセット(終焉)を予見します。この終焉は逃れようがありません。しかしここでユイは「リセットされたとしても再起動すればいい」と気づくのです。では、どうやって再起動するか?誰が再起動のトリガーになるのか?という話になりますが、その役割を自分の息子に託すことにします。この辺は貞本版で描かれています。
  • そこからはリセットと再起動に向けて着実に予定をこなします。まず、①積極的にアダムに働きかけてセカンドインパクトを起こして、時間的猶予を作り出します。その上で、②リリスから作られたエヴァ初号機に自ら取り込まれて一体化し、③適当な時期が来たところで覚醒して使徒からS2機関を取り込んで不死化して、④サードインパクトを利用してアダムの遺伝子をも取り込んだ上でリリスと一体化し*1、⑤息子に未来を託して宇宙へと旅立ちます。ここまでで十分に感動的な物語になっていますので、エヴァが髪をなびかせながら去っていくシーンで「終劇」でも満足できますね*2
  • サードインパクトが起きる前に、最優先でシンジを初号機に乗せることでシンジ自身にアンチATフィールドが働かないようにしているのが重要な点です。あそこでシンジ君がやってこなかったらユイさん勝手に動いてシンジを探し出したはずです。
ユイの目的
  • ということで、ユイの目的を単純にいうと自らの不死化=永遠の生命と、子育て・子離れということになります。前者は旧劇場版のラスト前で彼女自身が説明するように、ヒトの姿をなくしても、永遠に生きたい。何十億年たって地球や太陽がなくなって、一人ぽっちになってどんなにさびしかったとしても、ヒトが存在した証として生き続けたい、ということです。そしてもう一つも、その直後のシーンで見られます。つまり自分の息子を、逃れられないインパクトを超えた先にある再生への希望として送り出したい、ということです。これがユイによる人類補完計画にほかなりません。表面的な肉体の形や、さびしさといった感情を超越しているところがポイントになります。*3そのために、エヴァを利用します。
  • しかし、いったんエヴァに取り込まれてしまうと、覚醒するまでは何も出来なくなってしまいます。そのためユイはさまざまな方法で自分の遺伝子を残して、彼らを通してシンジに働きかけようとしました。その結果として、同じ年(セカンドインパクトの年)にユイ+ゲンドウでシンジが、ユイ+アダムでカヲルが、ユイ+リリスでレイが生まれます。
  • このように積極的にヒトと使徒との融合を図っているのがユイの怖いところでもあります。アダムとの融合で生まれたカヲルは、第十七使徒になってしまいました。アダム系列の生命体の役割を考えれば、これは当然の成り行きといえるでしょう。一方、リリスとの融合で生まれたレイも使徒と同じようなものといえます。違うのは、レイがヒトと同じリリス系列の生命体という点になります。そして、レイもカヲルも魂のないダミーを大量生産されていたのです。
ユイの残酷性
  • ユイは確かに優しいですし、ゲンドウとシンジに対して惜しみない愛を注いだと思われます。しかし最終的には自分の目的を優先し、2人の前から姿を消します。これは、もともと愛に飢えていたゲンドウにとって残酷な仕打ちです。しかしユイ本人はそれほど残酷なことをしたという意識はありません。ユイにとってはヒトの身体を捨ててエヴァに生まれ変わっただけなのです。自我と心(=コアと魂)はエヴァ初号機として現にそこに存在しているのです。だから実体が消えてもそれほど問題ないと考えていたと思われます。
  • このことをゲンドウは最初から知っていましたし、シンジも途中から気づいています。しかし頭で理解することと感情は別です。この二人の心を癒すためには、どうしても直接肉体が触れ合える関係でなければならなかったのです。ゲンドウ、シンジよりも自分の計画を重視したユイは、決して聖母のような存在ではありません。慈愛を持って、冷徹で残酷な判断をもとに行動したのです。
覚醒、そして旅立ち
  • シンジがエヴァ初号機パイロットになったことで濃厚な母子関係を取り戻すことができました。しかし、シンジはどんどんエヴァに依存するようになります。エヴァに乗るたびにシンクロ率が上昇していくことがその証明です。最終的にはLCLに溶け込むところまで依存が進行して、ついにはユイが覚醒することになります。
  • 覚醒したユイはさすがでした。リリス=レイのLCLの海の中で優しく親離れを促し、旅立っていきます。前項でユイは聖母ではないと書きましたが、結局このシーンでユイ=初号機も子離れしたという点では神様以前に母親だった、ということになると思います。
まとめ

こんな感じなので、クチの悪い人には碇ユイこそ諸悪の根源などと呼ばれることもあります。しかし、なんとかしてサードインパクトをやり過ごそうとした点は評価できるのではないでしょうか。また、貞本版では自分たちの罪深さをゲンドウに吐露する場面もあり、非常に味わい深いと思います。

※2020/3/24
このページへのアクセスが多いので、貞本版の内容を加えるなどして加筆・修正しました。シン・エヴァンゲリオン劇場版が楽しみです。

*1:ゼーレのいう「贖罪の儀式」がこれ。

*2:このときエヴァの髪がレイと同じ色なのに注目。巨大化したリリスではなく、あくまでもレイと融合しているという示唆です。

*3:ゲンドウの補完計画の目的=さびしさの解消と対照的です。