フンメル編モーツァルト交響曲第40番ピアノ四重奏版の巻


この日記ではおなじみ白神典子さんの新譜です。バイオリン+チェロ+フルート+ピアノという形態によるモーツァルトの編曲集。すでに3枚目になりますが、今回はピアノ協奏曲18番と交響曲第40番をとりあげています。フンメルはモーツァルトの弟子で、オーケストラ作品をピアノソロや室内楽に編曲していることで有名です。*1今回のCDで問題なのはもちろん交響曲第40番の方です。これは先日の演奏会でアンコールで演奏されたときもすごい強烈な印象を残したのですが、その理由が解説から判明しました。編曲当時のアプローチで弾いていたんです。具体的には、テンポです。フンメルはメルツェルの発明したメトロノームをいち早く使っていたようで、1820年にプラハで行われた演奏会*2において交響曲第40番のアレンジ版を演奏する機会があり、そのとき楽譜にメトロノームを記しているのです。

  • 第一楽章 モルト・アレグロ 二分音符=108
  • 第二楽章 アンダンテ 八分音符=116
  • 第三楽章 メヌエット−アレグレット 付点二分音符=76
  • 第四楽章 アレグロ・アッサイ 二分音符=152

一見してわかるように、かなり速いです。ヴィルトゥオーゾで有名になったフンメルですから、演奏技巧を際立たせようとしてこんなに速くなったと思われますが、曲の雰囲気をブチ壊すほどテンポを改ざんしたとも思えません。なにしろフンメルはモーツァルト本人の直弟子です。死後30年経って一般大衆の音楽志向も変わっていたとはいえ、この情報はとても貴重です。特筆すべきはメヌエットのテンポで、このくらい速いとフレーズの対位法的な絡み合いなどがとても生き生きと面白く表現されます。先日のウィーン・フィル来日公演でアーノンクールが指揮したこの曲も、彼のアプローチを知らない人にとっては「まったくありえない」ほどのショッキングなテンポだったと思いますが*3、こうした歴史的な裏づけがあってこそのテンポ設定ということが伺えます。白神さんたちの演奏もこのテンポ設定に則ったものですので、慣れていない人にとってはかなり衝撃的だと思います。
ええと、テンポのことばかり書いてしまいましたが(笑)、そのほかの演奏表現もなかなか劇的で良いと思います。正直言ってしまうと生演奏で聴いたときに感じた凄まじい情念とか切迫感はないかも〜と思っているのですが、録音ならではの密度の高いアンサンブルを聴くことができます。フンメルはジュピターも同様の編成でアレンジしていてます。白神さんでないグループの人たちが録音しているのですが、とてもよいアレンジなので白神さんたちにも録音して欲しいなあと思ってます。

*1:存命中はヴィルトゥオーゾピアニストとして大活躍したのですが、彼自身の曲はピアノ協奏曲以外は忘れ去られています。

*2:モーツァルト没後30年記念事業だった模様。

*3:第二楽章、第三楽章が非常に速かった。特に第二楽章をこんなに速くウィーンフィルに演奏させた指揮者はいないのでは?