みんな速く弾きすぎの巻

ここ最近ベートーヴェンソナタをいろいろ調べているのですが、どうもピアニストのみなさんは速い楽章をより速く弾きたがる傾向にあることがわかりました。いったいどこからそんな傾向が始まったのかなと考えていたら、思い当たるCDを発見しました。フリードリッヒ・グルダの60〜70年代の演奏です。これを絶賛する人もいるんですが、重みや溜めが少ない、あっさりした(あっさりしすぎの)演奏解釈なんです。グルダ自身が「重みのある演奏なんかクソくらえ」と考えていたかもしれませんが、そうならば彼のモラトリアムのための道具にさせられたベートーヴェンが気の毒。有名どころのソナタの例を挙げてみます。

  • 月光ソナタの終楽章はPrestoというよりPrestissimo。指が回りきらないほど速いテンポにしなくてもいいのになあ。
  • テンペストの終楽章はAllegrettoというよりAllegro。いくらなんでも疾走しすぎ。
  • ワルトシュタインはいい。第一楽章が速いが、この程度のテンポは許容範囲かと。終楽章はとても軽やかに飛翔する。トリルも非常に速く、音質が揃っていて華麗。ラスト近くのオクターブグリッサンドの軽やかさといい、これは見事で脱帽。
  • 熱情は全楽章速い。第一楽章はPrestoに近いし、終楽章もPrestoで始まって終盤さらに加速。やっぱり指が回りきってない部分がある。
  • ハンマークラヴィーアは終楽章なんか嬉々として弾いている様子が伝わってくる異様な演奏。第三楽章はもう少し重さが欲しいけれど、面白さは図抜けている。
  • 最後の3曲は全体的に速く(3曲で1時間切る)、サラサラ流して弾いてしまうところが多くていただけない。

32曲を総じて、流麗なフレーズがすごく魅力的なのですが、必要以上に速く弾いたために崩れる箇所があるのが惜しいです。それと、ベートーヴェンが実験的あるいは冒険している曲はおもしろく弾いていると思いますが、真剣に書いてる曲も飄々と弾いてしまうので、やや品位に欠けると思います。私も楽譜を見ながら演奏テンポを検討しているのですが、熱情の第三楽章などは"Allegro ma non troppo"となっているので、四分音符=120程度でも速いんじゃないかという気もします。
ちなみに同じウィーン系のピアニストでもルドルフ・ブッフビンダーなんかは非常に堅い演奏を録音しています。もっとも、生演奏ではかなり好き勝手やってました(笑)。