音楽図鑑 - 近況報告

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誰か彼女を助けてあげてください。の巻

彼女とはもちろん矢野顕子のことである。先日めでたく新譜が出たが、あまりにも無惨なプロデュースに言葉を失ったのは私だけではあるまい。今日は、この数年間にわたって彼女に関して私が思っていることを書きたい。
まず、カバーアルバムを出すというのは、そのアーティストの危険信号に他ならない証明だと私は思っている。新曲ができずシャブに逃避した槇原敬之が下らないカバーアルバムでお茶を濁したのが典型例だが、あそこまで酷いCDは実際問題としてそうそうお目にかかれない*1。しかし今回の矢野の新譜はそれに匹敵する低クオリティである。驚いた。と同時に、本気で心配になった。
矢野顕子は自身のアルバムで様々なアーティストの曲をカバーしてきたが、意識的に本格的なカバーアルバムを作ったのは「SuperFolkSong」が最初である。これも今回の新譜とは別の意味で悲惨なプロデュースではあった。坂本龍一抜きでアルバム1枚分をバンド形式でレコーディングを行うのがいかに大変か、「Love Life」で彼女は思い知ったのだ。だから、「SuperFolkSong」は一人で気軽に取り組める弾き語りを選んだ。賢明である。そのレコーディングは孤独な死闘といってもよい壮絶なものだったが、結果は誰もが知っているように、改めて矢野の才能を世の中に知らしめる傑作となって開花した。災い転じて福と成すとはまさにこれである。気を良くした彼女は、その後も機会があるたびに弾き語りのカバーアルバムを制作し、いずれも好評を得た。
問題はバンド・アンサンブル形式のアルバム制作である。矢野の弾き語りとバンドサウンドの融合という点では「エレファント・ホテル」が渡米以後のひとつの頂点である。しかしそれ以降、彼女の迷走が始まる。カントリー・スタイルで録音したアルバムの発売を拒絶され、急遽でっちあげざるを得なくなった「GO GIRL」が決定打となった*2。このアルバムはとにかく売れなかった。この時点で何らかの手を打つべきだったと思われる。悪いことは重なるもので、彼女にとってなくてはならない録音エンジニアが病に倒れて再起不能になったり、子供たちが独立して母親アイデンティティの変化を余儀なくされたり、(下世話な話だが)更年期を迎えたり。アルバムを作るにしても、もう一人ぽっちでNYのエージェントを渡り歩くド根性はない。誰かと組むにしても多くの日本人ミュージシャンにとって彼女はすでに大物になりすぎた。これは今までさんざん高飛車な発言をしてきた結果でもある*3。そんな彼女の状況に対し旧知の人たちは結構敏感に反応していて、さまざまなイヴェントにゲストとして彼女を招き、とりあえず仕事は干されない状況を作り上げた。見事なフォロー体制ではある。
しかし、アルバム制作上の問題は全く解決されていない。結局、コラボレーションという名のもと、ちょっと気にいった若手を手当たり次第食い散らかすようになる。もちろん新しい素材を用意する気力はないので、昔の曲のセルフカバーになる。こうして3枚もCDを作ってしまった。当然クオリティはどんどん低下し、最新作は、いいですか、矢野顕子が参加しなければもっといい作品になったのではないか、と確信できるレベルになってしまった。ひどいです。ひどすぎます。矢野顕子の自己管理能力がここまで落ち込むとは予想外だった。大貫妙子の図太さ、コシミハルの狡猾さ、吉田美奈子の強情さ、どれをとっても矢野顕子の方が上だと思っていたのだ。1990年代は。
さて。ひととおり書きまくったところで現状の矢野顕子の問題を整理してみる。

  • 音楽上の問題としては、新曲がなかなかできない。
  • プロデュース上の問題としては、一人でアルバム制作ができない。
  • 営業上の問題としては、どういう方向で売り出すべきかさっぱりわからない(だから売れない)。

音楽上の問題は自分で解決してもらうしかないが、その他の問題は自分では解決が困難。だから誰か彼女を助けてやって欲しい。助けるといっても単なるヘルパーじゃダメってところがまた難しいのだが。ここ数年の中途半端なコラボレーションを聴くにつけ、坂本龍一Pat Methenyの懐の深さを再認識する*4。無茶を承知でいうが、今回の新譜こそHASと録音すべきではなかったのか*5。←この一文を読んで「それは無理無理。ありえない。」と思うかもしれないが、それを実現させるのがプロデュース力というものである。

*1:最初のカバーアルバムの制作と前後して覚せい剤に手を出している。ありていに言ってしまえば才能枯渇の恐怖→焦燥→現実逃避。その後、長い謹慎期間を経て回復したのでとりあえずめでたい。作品ができないときは無理せず休むのがいいと思うんですが、いろんなしがらみがそれを許さないらしいです。

*2:Jeff Bovaの困った顔が浮かぶような苦しいサウンド。

*3:下手な人とは一緒にやりたくないのでお帰り願ったのよ、とか。ライターもこういう発言をホイホイ雑誌に載せるなよ(笑)。

*4:だからこそ失った反動がデカイのだが、そういう恨み言はいわない約束。

*5:坂本さんはいなくてもいいのでSketch Showでも可