イエフィム・ブロンフマン ピアノ・リサイタル@さいたま芸術劇場

聴衆の入りが半分以下という寂しさでしたが、とても充実した演奏会で盛り上がりました。今回のプログラムは第一部、第二部ともに「ソナタと幻想曲」のコンビネーションで成り立っていますが、アンコールまでその組み合わせでやってくれるというコンセプチュアルなものになりました。もちろん、そういうコンセプトはあるのですが、演奏解釈は1曲ごと最適化することを意識していたようなので、作曲家による特性の違いがかなり明確に表現されて面白く聞くことができました。
まずベートーヴェンソナタ第7番。ベートーヴェンの初期のソナタの中でも割と実験的な曲ですが、ブロンフマンは各楽章の性格を慎重に弾き分けていました。この人は慎重に弾いているときは猫背になります(笑)。第一楽章は流麗なフレーズ群と時折入るシンコペーションの合いの手の対比がクリアなので見通しの良い感じ。第二楽章はかなり遅めのテンポで丁寧に弾いて、深遠な世界を表現していました。第三楽章メヌエットは柔らかい雰囲気にまとめ、第四楽章は諧謔性を織り交ぜつつきっちりまとめていました。ピアノの鳴りが良いので最初のうちは制御に苦慮していたようですが、第二楽章以降はコントロールできていたのがさすがです。
続いてシューマン「ウィーンの謝肉祭の道化」は音色ががらりと変わって、厚い響きでシューマンらしい情熱的なロマンティシズムを表現していました。小品集ということもあって、全力のフォルテで弾いている箇所はそれほど多くないのですが、弱音でも通りのよい音色をしていますし、響きが充実しているのが最大の特徴だと思いました。ここまで第一部。
第二部は「夜のガスパール」から。前半部とは全く違う雰囲気でびっくり。まず、オンディーヌはデリカシーの極致というかんじの音色表現。ピアニッシモ〜ピアノの弱音主体なのですが、重なり合うフレーズから生まれる響きが非常に美しく、水しぶきや細かな気泡が湧き上がるようなイメージが見事に表現されていて「この人はこんな弾き方もできたんだ」と驚きました。続く絞首台もすごく慎重に弾き始めたのですが、徐々にテンポが速まって沈静した表現が崩れたところが惜しかったです。スカルボは同音連打系のフレーズは遅めのテンポで安全運転。お腹が邪魔なのかもしれませんが、この遅さはちょっとずるい(笑)。ただ、遅い分だけ盛り上がるところを溜めて弾く余裕があるようで、かなりの大音量になって表現の幅が広がりスケールの大きなスカルボだったと思います。自分はロルティとかポゴレリッチとか、切れ味のよくスピード感のある演奏を多く聴いていたので、遅い&官能的なスカルボは意外性があって面白かったです。そして問題のイスラメイ。以前にブロンフマンが録音したものはこじんまりとした演奏であまり良くなかったのですが、さすがに生演奏らしい高揚感があり、中間部のロマンティックなパートを十分な感情移入で弾いてくれたので満足でした。
アンコールは別の日のプログラムになっているシューマンの幻想曲の第一楽章&第二楽章。これがすごい熱演というか、情熱的な表現に満ちていて感動ものでした。最後はお約束のスカルラッティで締め。最後まで集中力の高い演奏を続けていたのは本当にすばらしかったです。余談ですが、第二部のイスラメイであまりピアノの調律が怪しくなって、アンコールの幻想曲の熱演でいっそう狂っていく様子は笑えました。最後のスカルラッティなどはホンキートンク・ピアノを聞いているようで、なんともシュールな雰囲気でした(笑)。