マウリツィオ・ポリーニのショパン新譜の巻

買いましょう。第一印象が「とうとう変わりやがったか、このオヤジ」。しかも良い方向性です。

  • ピアノ・ソナタ2番の第一楽章のリピートでGraveまで戻った瞬間に、「あ、やりやがった(ニヤリ)」という感じ。若い頃に録音したときとは解釈が違うどころか、使ってる楽譜そのものが変わった。*1
  • ポリーニ最大の特徴、鋭い打鍵による強迫的ともいえる厳しいフォルテが影を潜めた。たっぷりと朗々と歌う部分は従来と同様だが、はるかにマイルドな音色になったため、暖かみと層の余裕が感じられ、総体としては音楽に深みを増したような演奏効果が出ている
  • 全体的にデュナーミクが1〜2段階下がった。その分だけ、ピアニッシモ〜ピアノ〜メゾピアノのニュアンスが増えた。以前では考えられないほどウナコルダの使用も増えた。どうしちゃったの。
  • 慌ててインテンポで突っ込まなくなった。なるべくインテンポをキープしようとする姿勢は以前と変わらないが、弾き急がない。ソナタ2番のスケルツォなんか、いかにもバタバタ弾きそうに思っていたが、ここでも余裕がある。
  • とはいえ、相変わらず離鍵はテキトーなところがあるし、右ペダルも過剰気味なところはあり、正直なところ、打鍵速度を落とした(落ちてしまった)だけのような気もしないでもないが、結果として音色も繊細な方向性が拡大された。
  • 驚くべきことに、ポリフォニーの表現に注力している。おおっバスの流れが明確に聞こえる!内声の音色が違う!旋律のアーティキュレーションがきちんとしている!など、近年のポリーニが無視していたことを反省するかのようにきちんと弾いているので、びっくりしてしまう。
  • ということでいままでポリーニの欠点だったことがほとんど払拭されてしまい、文句のつけようがない。その点が不満といえば不満(笑)。
  • イケイケだったイタリアのおっさんが良い具合に枯れて、味が出てきた。確かに若者の音楽ではなく、その点では老いを感じる人もいるかもしれないけれども、ようやく円熟味を感じさせてくれるようになったことは喜ばしい。
  • バラード2番はおよそ10年ぶりの再録音ですが、ペダルの使い方がまるっきり変わっていて笑えます。これならピアノの先生に怒られない、丁寧な弾き方といえるでしょう。
  • ってか、マズルカやワルツを弾く必然性がすごい。要はソナタ2番に至るまでの1〜2年間の作品を並べて俯瞰しているのだが、よいアイディアだと思う。特にOp.32のノクターンがすごくよい。ノクターン全集はあんなにつまらなかったのに、わずか数年の間に何があったんだ。
  • このレベルが生演奏で維持できるとしたら、来年の来日リサイタルは聴きにいくのがよさそう。以前から、聴き手に過度の緊張をもたらさないポリーニの大らかな演奏は嫌いではなかったのですが、この数年はピアノ奏法上の問題があまりにも多く、聴いていて腹が立ってしょうがないというのが本音でした。奏法上の問題が解消しているとすると、残るのは大らかで暖かみのある懐深い音楽性のみということになり、これは現役ピアニストとしては唯一無二の個性になるので超おすすめでございます。*2
  • このピアニズムでバッハを録音してくれるなら、期待しちゃう。あとベートーヴェンの後期ソナタの再録音をキボンヌ。

*1:ここをGraveまで戻る人は非常に少ない。ヘンレ版で弾いた内田光子くらい。

*2:この方向性ではアルフレート・ブレンデルという名手がいたのですが、もう引退です。