音楽図鑑 - 近況報告

はてなダイアリーから移行しました。

ショパンのfz(フォルツァート)の巻

ショパン研究で書き残したこととしてどうしても言及したいのがfz(フォルツァート)指示の解釈でした。なぜかというと、この指示の奏法を間違っているピアニストがあまりにも多いからです。ショパン演奏のCDをずいぶんたくさん聴いてきましたが、「sf(スフォルツァンド)よりは弱い音量的な強調(つまりアクセント)」として弾いている人ばかりです。しかし、これは間違いなんです。正しく弾いているピアニストはほんの一握りしかいません。ではショパンのfzは何なのでしょう。

fzの意味

フレージングの指示なんです。「この音符までフレーズが続いています(だから途中でブレス入れたり、ディミヌエンドしすぎて弱弱しくなってはいけませんよ)」という指示です。ソナタ2番第一楽章の序奏→提示部に入る瞬間の音に付いているのが典型ですが、属和音→主和音と解決するときに、主和音の前にブレスを入れず一続きのフレーズになるようにアーティキュレーションを作って欲しい場合などに、この指示が出ます。属和音が全音符とか*1、フレーズの途中に休符が入っているとか*2、演奏者がフレージングを誤りやすい場面において「ここまではフレーズが続いている」ことを明示するのが目的になっています。ショパンの休符は「音を消す」ではない場合があります。「音を伸ばすのはペダルに任せて鍵盤から手を離していいですよ」という指示に休符が使われることがしばしばあり、このような場合はフレージングがわかりにくいのです。

属和音→主和音の弾き方

これでもうおわかりと思いますが、ショパンにおいてV→Iが出てきたら、フレージングを切ってはいけません。ソナタ2番の冒頭は、「レーーードーーーシ」と和声が解決する状況をひと続きで聞かせなさい、ということです。そして最後のBと同時に、疾走を始める。だからこのBを「ドスン」という音質で弾いてはいけない。沈静した響きが必要です。ちなみにポリーニは、若いときはこれが理解できず「ドスン」と弾いて一気に疾走しましたが、新録音では変わりました。こうでなくちゃね。
このタイプのfzが曲の冒頭部に頻出する理由は、テーマを弾きはじめるときにその前でブレスを入れる人が多いからだと思います。ショパンの要求はそうではなく、V→Iの解決する雰囲気をしっかり聞かせつつ主題を開始して欲しい、ということになります。つまりフレーズの終わりであり、開始点でもあることを意識しなさい、ということです。

スケルツォ

fzが頻出するのは、なんといってもスケルツォです。第1番は最初から連発なんです。冒頭のV→IはVにもIにもfzが付いています(笑)。それどころか、fz>というfzとアクセント記号の合わせ技まで出てきます。これは楽譜をよく見ればわかるのですが、単独fzはフレーズの終わり、fz>はフレーズの開始の指示です。楽譜を持っている人はぜひ主題開始部を見てください。fz>pなんて指示になってます。fzの意味がわかれば、どういう弾き方をすればいいかわかりますね。
2番も冒頭の提示部で出てきます。このfzをアクセントのように鋭く弾くピアニストしかいないといっても過言ではなく、非常に腹立たしく思います。音量的には直前の音よりわずかに小さく、軽めに弾かなければなければいけない指示なのに!
しかし最も誤った弾き方をされるのは、何と言っても4番です。フレージングの指示なのに、ほとんどのピアニストがアクセントと勘違いして弾いているため、ショパンが意図した曲想とはかけ離れた演奏になっています。この曲でfzを確信を持って正しく弾いているピアニストはなんと2人しかいません。シプリアン・カツァリスと、ダン・タイ・ソンです。この2人以外はアクセントとして弾いたり*3、「あまり強いアクセントにすると曲想的に変だから適当に済ましとけ」みたいな曖昧な弾き方になったり*4、最初からフレージングを無視したり*5

ものを考えないで弾くことの恐ろしさ

fzをアクセントとして弾いたらおかしいことくらい、誰でもわかるはずなんです。ソナタ2番の冒頭をドスンと弾くのも変だし、やはり幻想即興曲のCisをドスンと弾くのも変なんです。スケルツォなんかfzをアクセントで弾くから刺々しいニュアンスになってしまって、本来は優美になるはずの曲調が全く再現されてこないんです。おかしいでしょ?違和感あるでしょ?なのになぜ誰も疑問に思わないんでしょうか。先生たちは生徒がそんな演奏をしても修正せず、大家と呼ばれるピアニストたちも何の疑問も持たず150年以上弾いてきたということでしょうか。信じがたい愚行です。いますぐ全世界のピアニストにカツァリスとダン・タイ・ソンの爪の垢を煎じて飲ませるべきです(笑)。ピオトル・パレチニ先生(ショパコン審査員の重鎮。名ピアニストで名教師。彼のマスターコースは一言一句「はは〜、仰せのとおりでございます!」と言いたくなるほど説得力のある素晴らしい内容。)ですらスケルツォ4番のfzをアクセントでガツガツ弾くくらいだから、根の深い問題だと思います。あのアクセントは変だよ、絶対。

この件に気づいていた先生

日本人でいらっしゃいました。小林仁さんです。フレーズの終わりが小節の頭に食い込むショパンの書法に着目したところ、そのような場合の最後の音にfzが付くことに気づいたそうです。この先生のお話を最後に書きましょう。

エオリアンハープの36小節頭にfzがありますね。これは、その前の35小節で急にデクレシェンドしないでここまで一息でフレーズを持ってきなさい、という指示です。スラーに着目すれば一目瞭然ですが、fzのあとにブレスが入って新しいフレーズが始まるので、デュナーミクもそれに合わせて調和をとることが大事です。

*1:しばしば見られる例

*2:スケルツォなどテンポの速い曲

*3:言語道断

*4:その程度の感性なんか捨ててしまえ

*5:プレトニョフ。カシオーリ。好きにしろよ。笑。