私によるラヴェル論の巻

「夜のガスパール」の解説で掲載しようとしていた文章ですが、そこへ至るまでのラヴェルピアノ曲の歴史をコンパクトに俯瞰できたので、こちらに掲載します。

「夜のガスパール」へ至る道
  • 1)懐古趣味(あるいは擬古主義)的なコンセプト
  • 2)それに基づく教会旋法など古いモードを用いた旋律
  • 3)それとは対照的に、斬新で精妙な和声法

初期のラヴェルは上記のような方法論を用いることで、オリジナリティの高い作品を生もうと努力してきました。しかし、和声の面ではなかなか成功しなかったのです。「亡き王女のためのパヴァーヌ」は和声の斬新性を犠牲にして旋律を極めたところ、よりによって大衆層に受けてしまいました。これはラヴェルにとって想定外のことであり、このままではいけないと、小賢しいコンセプトやわかりやすい旋律を捨てて、純粋に和声の面から自我探求を進めたのが「水の戯れ」です。モードを利用した旋律はより単純化し、アルペジョに細分化した和声進行を核とする制限のもとで表現を追求した傑作です。なお、作品に何らかの制約を盛り込むのはラヴェルの作曲技法上の特徴となります。
「水の戯れ」での成功を元にもう一度古典趣味を復活させ、コンパクトに1〜3を実現したのが「ソナチネ」ということになります。この曲でラヴェルの目指すピアノ曲のスタイルはひとまず完成したといえるでしょう。完成形のスタイルを軸に新たなコンセプト(心象描写的音楽への挑戦)を打ち出したのが「鏡」であり、ここで明らかにそれまでのラヴェルとは次元が異なる世界を開くことになりました。
さて、「夜のガスパール」は技法的には「ソナチネ」の拡大版でありつつ、コンセプト的には文学が出発点(ロマン派的)という、独特な曲です。ピアノ音楽の作曲家としてはすでに完成しているため、特に付け加える要素などないように思えたのですが、最大のコンプレックスである演奏技巧面の追及が付け加わり、ややこしいことになりました(笑)。ラヴェル自身、リストの影響があることを認めていますが、技巧面よりも作曲法の影響の方が大きいでしょう。実は「夜のガスパール」(特にスカルボ)は徹底した主題変容によって成立しており、その点では「ラヴェルによるフランツ・リストへの挑戦」といっても過言ではありません。このような後ろ向きのコンセプトとは真逆の方向性を取る斬新な和声は新鮮な響きをもたらしつつ絶大な演奏効果を上げることとなりました。ここに「夜のガスパール」は19世紀ロマン派のピアノ曲総括しつつ、20世紀のピアノ曲が目指す方向性を明確に示した記念碑的な傑作となったのです。