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ガンダム Gのレコンギスタ感想の巻

ガンダムGのレコンギスタが終わりました。
最終回を見て、富野さんが言いたいことが、なんとなく理解できたような気がするので、感想とか書いてみます。あくまでも、気がするだけですから。(予防線)
当然、ネタバレだらけなので、注意してください。

<もくじ>
1.Gレコの世界について
2.レコンギスタとはなにか
3.Gレコの嘘とファンタジー
4.ケジメをつける=死んじゃえばいいのよ!
5.多様性の許容と、不寛容さの混在
6.元気のGは始まりのG
オマケ:いろいろ

※注:超長いよ!w

1.Gレコの世界について
Gレコの世界においては、人類は地球の上と、トワサンガ(月軌道上のコロニー)と、ビーナス・グロウブ(金星軌道上のコロニー群)の3か所に住んでいます。
地上は、宇宙世紀時代に続いた戦争や環境汚染で、文明を縮小せざるを得なくなっています。また、環境汚染を防ぐためエネルギー生産をやめて、宇宙からのエネルギー供給を受けています。エネルギーはフォトン・バッテリーという形でビーナス・グロウブでカプセル化され、トワサンガを経由して、地球へ届きます。さらに、過去の愚行を繰り返さないように、宇宙世紀時代の技術は封印されていて、ビーナス・グロウブなどの限られた人たちだけが、技術を継承しています。
このような背景があるため、宇宙と地上の間の人的交流はないに等しく、分断された状態です。なので、地上の人たちは、宇宙にいる人類が何をやっているのか、ほとんど把握していません。そして、このエネルギーを地球へ届けるための装置が、キャピタル・テリトリィに存在する軌道エレベーターです。エレベーターの運行長官の息子が、本作の主人公ベルリ・ゼナムになります。

2.レコンギスタとはなにか
以上をふまえてになりますが、Gレコにおけるレコンギスタとは、「長い間、スペースコロニーに住んできた人々の地球への帰還」を意味します。物語は、レコンギスタの準備のために、トワサンガの人が動きだしたことを察知した地球人の一部が、行動を起こすところからスタートします。
一方、ビーナス・グロウブにもレコンギスタしたかった人たちがいて、事態に介入することになります。また、レコンギスタには、「地球へ帰還した上で、地上を支配する」という政治的な思惑も含まれています。
後半になると、ビーナス・グロウブでレコンギスタしたかった人たちの中は、かなり純粋に地球に戻りたかった人もいるといることがわかります。そうせざるを得ない事情があったんですね。でも、地球人は戦争好きだから、自分たちも武装しないと危ないってことで、一部の人が突っ走って、めちゃくちゃ軍拡していました。
トワサンガの人も、まずは地球に帰還するのが目的で、その後のことは成り行きで押し切れば良いと考えていたとわかります。トワサンガレコンギスタを進めていた人は、クーデターで政権を奪取したことになっています。つまり、急進的改革派だと思ったので、ちょっと意外でした。地球で戦争しようとしていたわけではないのです。でも、地球人は戦争好きだから(以下略)。
故郷への帰還というテーマや、汚染された地球で、自らのエネルギー生産をやめて外部供給に頼って暮らす人々などの設定などが、東日本大震災の影響であろうことは、言うまでもありません。
しかし、単に故郷に帰るだけでなく、そこに政治的要素や武力行使を持ち込まずにはいられない、人間の愚かさを描いているのがポイントです。

3.Gレコの嘘とファンタジー
「地上は、宇宙世紀時代に続いた戦争や環境汚染で、文明を縮小せざるを得なくなっています。また、環境汚染を防ぐためエネルギー生産をやめて、宇宙からのエネルギー供給を受けています。エネルギーはフォトン・バッテリーという形でビーナス・グロウブでカプセル化され、トワサンガを経由して、地球へ届きます。」と書きました。
大嘘ですよね、こんなの。宇宙から一方的にエネルギーを供給したら、結局は温暖化が進んで、環境破壊が止まらないです。でも、なんとなく、1000年間うまく続いているように見せる。アニメだから。ミノフスキー・フライトなんていう超理論で、簡単に戦艦が飛んでしまう。アニメだから。そもそもロボットに足なんか必要ないけれど、(バンダイの)偉い人にはわからないので、つけてあげる。商売だから(笑)
その一方で、排泄や着替え、食事といったシーンは、しっかり描く。激突の衝撃からパイロットを守る仕組みも描く。実際にああいうふうになるか、わからないけど、ファンタジーとしてそれっぽく描く。水の玉も、伸び縮みするビームサーベルも、ファンタジーだから、思い切ってアニメチックに表現する。
この演出のさじ加減のうまさは、老練としかいいようがなかったです。おそらく、こういいった嘘やファンタジーを見極められない人が、Gレコを見て、「意味がわからないから駄作」「説明不足だからだめ」いう評価をしていたと思います。作品を貶す前にてめえの想像力のなさをはんせい(以下暴言

4.ケジメをつける=死んじゃえばいいのよ!(笑)
「地球人は戦争が好きだから」
これは、スペースコロニーの人たちに刷り込まれた、一種の強迫観念だと思います。地球人は戦争が好きだから、自分たちも武装する。どっちもどっちですよね。この思い込みが酷すぎて、いろいろ動いた結果、戦争を引き起こしてしまったのが、クンパ・ルシータです。彼を諸悪の根源もしくはラスボスと考えると、お話は単純なのですが、Gレコは中盤以降、彼はもちろん誰にも収拾がつかないほど混乱してしまうのです。本作で、自らの欲望のまま世界のバランスを崩し、戦争を引き起こした人たちが、きっちり責任を取らされている(死んでる)ことは、強く意識すべきだと思います。こういう作劇は古いと思いますが、子供向け作品でもあるので、悪いことをしたら罰が下されるという表現は必要だと、
富野さんは考えたのだと思います。つまり、富野氏お得意の「死んじゃえばいいのよっ!」理論です。
結果的に戦争になってしまったけれど、信念をもって動いていた最期には、それなりの見せ場が用意される一方で、状況に流されるだけの人や、クンパがあっさり死ぬというのは、まさにトミノ流演出の真骨頂です。死に方で、作品におけるその人の立ち位置がわかるアニメってのも、ちょっと嫌ですが。あと、生き残った大統領(この人も諸悪の根源の一人)が、戦死扱いした息子の船にぶっ潰される場面は、爽快でした。もちろん、本当には潰れていませんよ。1秒もないカットで、ちゃんと逃げ出しています。逃げ足がめちゃくちゃ素早いところも、いいかんじ!(笑)

5.多様性と、不寛容の混在
Gレコの世界は、女性が普通に運行長官や指揮官をやって部下に命令をしている、ジェンダーフリーな世界です。きっと、それが普通なんですね。
また、男の娘や、屈強なオネエさん、片言の日本語をしゃべる人など、セクマイや異なる言語の人たちが違和感なく共存しています。やっぱり、それが普通なんですね。
このように、21世紀の我々から見たら、多様性のある世界を示しつつ、クンタラという被差別階級への不寛容さと、そのクンタラ出身であるルインのコンプレックスを、徹底的に掘り下げるのです。オネエに対して「なんでオネエ言葉なの?」っていう登場人物がひとりもいないのに、ルインに対しては最初から「クンタラ出身のくせに」なんです。この矛盾を、これでもかといわんばかりに見せつける。これは黒い。見事な黒富野ぶりです。
ルインは黒いまま終わるかなと思ったのですが、女性(マニィ)によって、このコンプレックスが解消される(されたように見える)というのは、一転して白富野的な演出です。

6.元気のGは始まりのG
本作のストーリーや展開は、シリーズ構成ができた時点から、まったくぶれていないということなので、主題歌も最終回で流れることが前提で作られたと思います。富野監督自身によるエンディング曲は、たいがいストーリーの行き先を示唆しているので、今回は希望のある終わり方をするだろうと予想していましたが、こういうラストシーンになるとは思わなかったです。
もちろん、物語の中で多くの人が死んでいるので、それを踏まえた上でのこの曲であり、このメッセージであるということは、強く意識する必要があると思います。つまり、決してハッピーエンドではないということです。痛みも、悲しみも、ある。今回の戦争は終結したけれど、根本的な体制はほとんど変わっていないし、争いの火種はまだ残っているし、おそらく他にもあるし、今後も続くのです。
視聴者である自分たちの世界も、戦争や震災があったし、いまも世界中でいろいろ諍いは起きている。でも、生きてる人が元気にやっていかないで、どうするんですかあああああ!
というメッセージを、ベルリと、最後に出てきた老人から受け取ったということで、おわりといたします。富士山は(山頂から)15分(で駆け下りることができるん)だぞ!!(笑)

※そのほか書きたかったこと(もうちょっとだけ続くんじゃ)←えーまだ続くの?

・過去のシリーズ、特にファーストとのつながり
トワサンガがサイド3の成れの果てで、ビーナス・グロウブが6つのコロニーからできてる=廃品利用だとか、どうでもいいネタなので、書くのをやめました。ニュータイプの解釈についても、特に突っ込む必要はないと思います。
ただひとつだけ書かせてほしい。最終回で、飛び込んだ先がどう見てもジャブローで、そして朽ち果てたズゴック、という一連の流れ。ここでブワーッと涙が出ました。ファーストから見ていた人へのプレゼントですよこれは。

ユグドラシル(笑)
ゆかいな造形、思わず笑っちゃう推進方式、そしてなにより操縦席がイデオンのザンザ・ルブ。コクピットの画面レイアウトも、ザンザ・ルブにしてしまいました。これではバララがまるでハルル様ではないか!(ツボでした)
万華鏡のようなビームシールドや、メカデザインの人も驚いた世界樹ビームの演出など、スタッフが乗りに乗ってるからこそできる演出・映像がてんこ盛りでした。造形はアレですがw(メカデザインの人も、まさか採用されるとは思っていなかったということ)

・第1話がわかりにくい件
正直に白状すると、1話切りするところでした。2話連続放送で本当に良かった。1話冒頭の、Gセルフの扱いがさっぱり意味不明だったのです。あれは、キャピタル側がラライア&バックパックを鹵獲していて、海賊側がGセルフ本体を受け取っているんですね。それで、だいたい1週間後に、Gセルフに乗ってアイーダがやってくる。ラライアが乗ってた機体に、なんで別の女の子が乗ってるの?Gセルフって2機存在していたっけ?いやそんなことはない。みたいに悩んでました。

・最終回がすごかった件
富野由悠季のすごさを再認識。まとめきる剛腕演出ですよ。あんなの普通の人じゃ収拾できないでしょう!w

・最終回の上映会に行っちゃった件
今回は、どうしても、最終回上映会イベントに行きたかったのです。理由は、イデオンのイベントに参加できなかったリベンジに決まってるじゃないですか!
オフィシャルなGレコのイベントでは、最後をGの閃光で締めているという情報は知っていたのです。だから自分も、ハセガワさんとGの閃光が歌いたいと思っていて、それが実現しました。もちろんフルコーラス。嬉しかったです。当日集まったみなさん、同じ思いだったようです。
さらにハセガワさんの「2番はベルリがうたいます!」というナイス振りで、石井マークが歌うというサプライズ。彼が歌うGの閃光は、Gのレコンラジオで聞いていたんですけど、まさかここでベルリの生歌が聴けるとは思わなかったので、感激しました。まあなんだその、このへんから記憶が飛んだ(笑)
その前に、スタッフがいろいろ裏話をしていましたけど、本当にどうでもいいことにこだわっているということと、ヤマト2199と同じでスタッフ自身が作品のファンなので、Gレコの世界観が浸透するとみんなフリーダムになって、次々とアイディアが出てきたということがよくわかりました。いい作品は、こういう連鎖反応が起きるものですね。
メカデザインの人が、毎回懲りもせずやられメカを送り込むあしゅら男爵の気持ちがわかった、とか、女性が操縦するからアフロダイAの雰囲気でちょっと内股(最終回のアレ)とか、ガンダム以前のアニメの影響が出たことを、嬉々として話しているのですが、理解できたのは私を含めごく一部の模様。年齢層は高かったのですが、さすがにそこまで年季の入ったヲタは少なかったか。
なお、富野さんはまだ引退しないようです。次回作が楽しみです。

ということで、これで本当に終わりじゃ!石井マークを息子にしたくなった!やんちゃ坊主だろうけど!!(笑)