「怒り」の巻

よっぽどのことがない限り、実写映画を見に行くことはないのですが、野村萬斎見たさで行ったシン・ゴジラと同様に、坂本龍一が音楽ということと、ブルボンヌさんの評が気になったので見てきました。例によってネタバレ感想なので注意。でも殺人犯はネタバレしません。というか、する必要もない。この映画はそこがテーマじゃなかった。ミスリードさせる予告編ですね。

1.全体的なこと
この映画は、沖縄、千葉、東京と3箇所で個別に話が進んでいきますが、東京のエピソード以外は全然リアリティがないのは、たぶん意図的だと思うんです。この東京のエピソードをカットしても映画としては成立してしまうんですけど、テーマ的なことは東京の2人がガッツリ示してくるという、実に巧妙な作りになっております。
優馬「お前のことを疑ってるんだぞ」
直人「疑ってるんじゃなくて信じてるんだろ」
あ、これがテーマですねっていう。不信と信。ちなみに本編最後の劇伴のタイトルは「信」です。

2.東京のエピソードについて
東京のエピソードは、かなり重いし、痛いのです。
シャイニーゲイ*1の優馬(妻夫木聡)はイケてて派手な外づらをしているけれど、母親が末期がんでホスピスにいるっていう設定がまず重い。
重いから逃避的に遊んでて、そこで直人(綾野剛)と出会う。それで一緒に暮らし始めて、直人のことが気に入って(どこがいいのかあまり描かれないのですが、たしかにいろいろ可愛い)、遊びもスッパリやめて、今度は直人に没入するようになる。でも母親の病状は相変わらず重いし、自分は仕事に忙しいってことで、母親の世話を直人にさせるあたりで、もう家族だよねっていう感じになってくる。そこで多分、母親は気付いてるんです。でもそういう描写はなくて、幸せな時間が続くと思いきや、母親が亡くなって、葬式だの墓だのの話になるんですが、これがまた重い。つまり、葬式に直人を出席させるわけにもいかず、墓にしても自分が死んだあとどうなるんだっていう。
ゲイ・レズビアンの家問題、墓問題ってのは割と切実で、マツコ・デラックスが自分の番組でしょっちゅう言ってるのでご存知の方も多いと思いますけど、とにかく家系が断絶するんですよ。この観点だと別にセクマイでなくても、生涯独身だったり、子供がいない夫婦で必ず出てくるのが墓問題。その重さたるや、自分も考えるのが嫌になってしまいます。(自分も子供がいないので)
そして直人(綾野剛)のヒョロ白い身体に違和感があったんですけど、あーなるほどって感じで。いきなり一緒の墓に入りたいとか言い出すので「ここでプロポーズかよw」とか思ったんですが、2回目を見たらそのシーンで確実に泣くと思うので、もう見ません。優馬はこのあとどんな人生を送るのか、完全に放り投げられてしまうので救いがなくて、それもつらいです。

3.沖縄と千葉のエピソードについて
沖縄は海がすごく綺麗。沖縄ヒロイン(広瀬すず)の相手役(佐久本宝)が若すぎて終始違和感ありました。無人島ぐらしの兄ちゃん(森山未來)は非常によかったです。沖縄のエピソードもラストは投げっぱなし。でも「怒り」とはこういうことかと、わかりやすく提示されるのが沖縄エピソードだと思います。
千葉は渡辺謙松山ケンイチ宮崎あおいのトリオで、たぶんここが一番見せたかったところだと思います。ハッピーエンドを匂わせる終わり方で、ちょっと救いがありますね。ただ、渡辺謙の無駄遣いじゃないかと思う。宮崎あおいはこういう役をやらせるとめちゃくちゃうまいんですね。

4.演出について
肝心なところで画面の描写をやめて音楽に投げてしまう(大音量で劇伴が流れまくる)のは、いただけないと思いました。大声で泣きたい、叫びたい、というのは監督の韓国系メンタリティのなせることなのかなあ、という気がしないでもありません。自分はそういうメンタリティはあまり好きではありません。抑えて抑えて、最後に爆発させたかったんだと思うけど、最後まで抑えたほうがいい。画面の真ん中でギャーギャー泣きわめく女優より、画面の外で母親の死を悲しむ優馬の声の演技のほうが遥かに説得力がありました。

5.劇伴について
音数は少ないんですけど、セリフがないところで音楽が感情を伝えてくるすごい劇伴でした。坂本龍一はドロドロ系の音楽をやらせるとめちゃくちゃ上手いって改めて実感しました。手法的にはミニマル・ミュージックを大々的に使っていますが、ループではなく、機能和声が付いて転調しながら複雑な感情表現を聞かせています。16分音符の速いミニマルでなく、アダージョのテンポでゆっくりしたミニマルというのも面白かったです。あとプロフェット5とか、フェアライトCMI IIxっぽいざらついた音色など、教授らしいエッセンスも随所にありました。エンディング曲はチェロの二重奏だから、優馬と直人のメタファーですね。

*1:リア充なゲイ