ようやくモラトリアムが終了したらしい米倉利紀氏のライブ@Zepp Tokyo の巻

自分の米倉氏歴に関して、過去の日記を読み返してみると、1999年9月に出張帰りの飛行機の中で偶然 "good time" プロモを見たのがきっかけで聴き始めて、途中でフォローするのをやめたりして、また戻ってきて、今回が初ライヴ参戦です。

まずフォローをやめた理由から書くと、この人の音楽はキャリアを続けても変化がなく、どのアルバムを聴いても同じ印象で、面白みを感じなくなってしまったからです。ただライブがすごいという話は聞いていたし、セクシャリティを含めあまり自分を隠さなくなったようなので、2年半ほど前に sTYle72 というアルバムから戻りました。これが良かったので、レビューしてます。

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このアルバムも15年前と変わらないナルシシズムや、カッコつけた感はありました。サウンドの方向性も驚くほど変わっていない。ですが、それを変わらない個性だと、ポジティブに捉えられました。同じことを15年も続けるのは、大変ですからね。そこからまた聴くようになったのですが、昨年リリースした swich というアルバムでガラッとサウンドが変わりました。一言でいうと大人のサウンドです。そして今年リリースした smoky rich というアルバムはその方向性をさらに洗練しつつ、より自由で(本人の言葉を借りるなら「ゆるい感じ」)、懐の深い音楽になっていて感動しました。こんなふうに変わった彼の音楽をナマで聴きたいと思ったのが、重い腰をあげさせてくれたという話です。

smoky rich

smoky rich

 

 ↑大人のためのポップス。おすすめでございます。

今回のライブでもMCでもそのあたりを語っていて、「自分もそろそろ大人にならないと」とか、「勝ち続けないといけない、みたいなガツガツした姿勢がなくなってきた」という気持ちの変化を素直に音楽に表したということでした。45歳を前にしてようやくモラトリアム終了ということですね。

ここまででかなり長いエントリーになってますけど、もうどうせなら書きたいことを書こう。

米倉氏の変化の件ですが、まず歌詞が変わっています。1999年の時点では「恋も仕事も全部!乗り切ろう!」*1と書いています。これはマーケティング的にいうと独身のF1層をターゲットにしているのですが、要は彼自身がF1メンタリティを持ちつつ、若々しい力強さをアピールしたかったのだと思います。この傾向は2013年リリースの sTYle72 でも続きます。なにしろ1曲めのタイトルが "higher and higher" ですから、40歳超えてもまだ気分は若者で高みを目指すのです。これをカッコいいと捉えるか、痛いモラトリアム(反抗)と捉えるか、微妙なところです。何に対するモラトリアムかというと、ズバリ「老い」に対するモラトリアムです。ところが近年のアルバム switch の1曲め "chance" では、これを「自分が変化するチャンスが来た」とポジティブに捉え、「あまり難しく考えず」しかし「たった一度の人生だから、がむしゃらに生きてみよう」と歌っています。老いや人生の終わりを肯定しないと、一度きりの人生という言葉は出てきません。ものすごい変化です。

40代は、老後や人生の終わりを意識しはじめる年代です。ここをどう乗り越えるかは、万人に降り掛かってくる課題ですが、表現をなりわいとする人にとっては特に大きい障壁になると思います。例えば三島由紀夫(45歳没)の最期は、ここを乗り越えることを拒絶して、自分の理想とする形で自らの人生を終わらせたと見ることもできます。

逃れられない老いを拒絶しても不毛なので、まずは許容した上で、自分自身の中で折り合いを付けていく。これが米倉氏のいう大人になることではないかと思いました。

サウンド的な変化としては、ゆるさの演出としてリズムの跳ね方が甘くなっています。DTM的に分析すると、SWING値が50から20~30くらいに落ちている(笑)。これはアレンジャーに拍手です。米倉氏はMCでも「ゆるい感じで」を連発していて、感覚的にオーダーしているようですが、それをうまくサウンドに落とし込んだと思います。もちろんユルユルにならないように、2・4拍に入るスネアなどに溜めがあります。今回のライブでもジャストより少し溜めがあるドラマーを起用していました。オーディエンスが縦ノリではなく横ノリになっていた要因の1つはこれですね。

ボーカルに関しても、さらに向上したいという意欲があると語っていたのが印象的でした。これ以上なにを望むかというほど歌える人ですし、このライブも歌に抱腹絶倒のMC*2にと3時間声を出しっぱなしで全然平気という恐るべきスタミナを見せつけてましたが、この部分だけは加齢に抵抗したいという彼のプライドですね!

*1:"good time"

*2:これも噂では聞いていたんですが、想定外にトークが上手くて驚愕。よどみないトークで客をいじり倒す芸人魂のようなものを感じました(笑)