白神典子―4人で奏でるピアノ・コンチェルトの世界@トッパンホールの巻

以前からとても高く評価しているピアニスト白神典子(ふみこ)さんの久々の演奏会です。モーツァルト・イヤーということで見事なまでにモーツァルト一色のプログラムでしたが、各曲の演奏解釈はかなり異なっていました。バラエティに富んだアンサンブルが聴けたのでとても面白かったです。
ピアノ三重奏曲は軽〜くいっちょあがりという雰囲気で、力の抜けた演奏でした。全体的に音量が控えめで、まあこの後に20番が控えているので軽めに弾いているんだろうとは思ったのですが、それにしてもピアノの音色の種類が多く驚きました。これまでの白神さんのイメージは、シリアスな音楽をシリアスに突き詰めて演奏するという感じで、かなり生真面目で堅い印象が強かったのです。しかしこの曲では変ロ長調という調性によく合う、明るくふわりと柔らかなニュアンスの音色を多用して、幸福感のある音楽を作ってきたのはまったく意外でした。
そして問題の20番。すごい。まったく、すごすぎる。荒れ狂う嵐という表現がぴったりくる激しい音楽で、その中にときおり希望の光が差してきます。ピアノ協奏曲を四重奏曲(バイオリン+チェロ+フルート+ピアノ)に編曲しているので、ピアノパートには独奏部分とオケ部分が入り混じります。この演奏ではソロとオケ部の対比をあまりはっきりさせず、室内楽的なアンサンブルとしてのまとまりを作っていました。ここで前半が終わりなのですがあまりに素晴らしい演奏にカーテンコールが3回も(笑)。
後半の25番は20番とはアプローチを変えて、ソロとオケ部をきちんと分けて弾いていました。ソロの時はキラキラした明るい音色で、テュッティのときは深いタッチで分厚い音色を使います。フィナーレはオケとピアノが対話する難しい曲想ですが、とてもうまく表現していました。アンコールは先日録音したというフンメル編の交響曲40番の第一楽章から。非常に速いテンポで疾走するように演奏しました。これも素晴らしすぎる(涙)。結局もう一曲、交響曲40番のメヌエットを弾いてようやくお開きとなりました。
たっぷり2時間超、延々弾きっぱなしで全くパワーが衰えない白神さんには脱帽です。音色の種類が増えたこと、フォルテの深みが増したこと(ブロンフマンのような音色がする)など、ピアニストとして格段に進歩したことも伺えて、本当に良かったと思います。また今回演奏された曲はフンメルの編曲ということもあって初期ロマン派っぽい味付けがあちこちに見られるのですが、白神さんたちのアプローチは古楽器風のニュアンスも取り入れて節度をもった演奏解釈になっていたと思います。バイオリンの人が堅い音色&堅いフレージングで(フレーズの入りをインテンポでガツッと弾いてしまう)、他の3人の弾力ある歌いまわしの中でちょっと浮いていたのが唯一の難点でした。CDではあまり気づかなかったのですが、生演奏だとこういう微妙なニュアンスの差が妙に浮き立つときがあるんです。
なお、私たちのすぐ後ろに座っていたピアノの先生らしきおばさん3人組は休憩の間じゅう白神さんの音色と演奏の素晴らしさを絶賛していて、アンコールが始まった瞬間には「すごいっ!」と叫んでました(笑)。ここまで弾けるピアニストはそうそういないと思います。活動拠点が海外で2〜3年に1回しか日本で演奏会をしてくれないのが悲しいところです。あんまり人気が出てチケット確保が難しくなるのも困るのでひそかに絶賛しておきます。