ニコラウス・アーノンクール指揮コンツェントゥス・ムジクス・ウィーン with アーノルト・シェーンベルク合唱団

大阪いずみホールにて。このために東京から日帰りで馳せ参じました。本年最後のモーツァルト・プログラム演奏会です。いろいろ書きたいことはあるのですが、まだ全然まとまらないのでとりあえず備忘録的に羅列しておきます。

プログラム
ヴェスペレ K.321

CDと同じように、曲の前後にグレゴリオ聖歌を挿入していました。モーツァルトの書いたところはアーノンクールが指揮をするのですが、グレゴリオ聖歌のところは合唱のパートリーダーの人が音頭を取ってやってました。演奏内容はとにかくアグレッシブでドラマティック。いままでのアーノンクールのどんな録音でも聴いたことがないような大胆な溜めや長いパウゼ(休止)など、びっくりするようなアゴーギクを見せてくれました。ホールの響き具合が良いので、残響がふわっと消えてから次のフレーズに入るように狙っていたと思います。もちろんデュナーミク(音の強弱)の振幅も非常に大きく、劇的な演出がなされていました。CDに録音された演奏も良かったのですが、ここまで解釈が熟成するとはまったく素晴らしすぎます。

レクイエム K.626

レクイエムは死者のためのミサ曲ですが、アーノンクールは死者のために演奏はしていないというのが非常に重要なポイントだと思います。アーノンクールがこの曲に見いだしたテーマは明らかに生です。もっと具体的にはモーツァルト自身の生への執着心を読み取って表現していました。この曲の作曲当時すでにモーツァルトは自らの死を予感していたのですが(そして結局完成前に死んでしまった)、死を見つめることで生が特別の意味を持つことになったのです。したがって、ドラマティックで起伏がありまさに人生そのもののような演奏解釈になります。我々は生きている、そしてこの曲の中にモーツァルトも生きている!というのがアーノンクールのメッセージですね。
アーノンクールはこの曲を2回録音していますが、今日の演奏はそのどちらとも違っていたので気づいたところを列挙していきます。まず最初かなりゆっくり始まったのでおかしいなと思っていたのです。「キリエ」もあまり攻めません。録音では「クィーリエッ!」みたいな感じで子音をバキバキ発音させているのですが、今日はとても柔らかい。そしたら「怒りの日」でものすごい大爆発です。めちゃくちゃ速くて壮絶極まりない。こんなに荒々しい怒りの日は聴いたことがありません。「Rex tremendae」の最初の「レックス!」がまた短い(笑)*1。コンフタティスは地獄のどん底と天上の響きの対比が見事すぎで、これ録音より遥かにきてました。ラクリモサは小さく始めて徐々に徐々に音量を上げていく作戦。対位法が見事なオッフェルトリウムは、ジュスマイヤーの加えた金管をあまり入れていないので柔らかい印象になってました。問題はその後、サンクトゥス以降のモーツァルトの手によらない楽曲群です。ちょっと不出来なジュスマイヤーの仕事を実に丁寧に補完した演奏で、ひとつひとつのフレーズや単語にさまざまな表情をつけて立体的に表現していました。だいたいの演奏においてサンクトゥス以降は緊張感が途切れるのがモツレク最大の欠点だと思うのですが、演奏者が違うとこうも説得力があるのかと。
あとアーティキュレーションの取り方が整理されていて、テンポの遅いところはフレージングを短めに(基本は2音。長くても3音とか4音くらいでブレスが入る。)、テンポが速いところはフレージングを長くしていました(1小節単位を基本に場合によってはもっと長い)。遅いテンポにおいてフレージングを細切れにするのはなかなか勇気がいりますが、ことさらアインザッツ(フレーズの入り点)を強調しなくてもフーガや対位法の書法が聴覚的によく見えるという効果がありましたアーノンクールらしい激しいアインザッツの応酬を見せる場面もあるのですが、そればかりだと音楽として厳しすぎると感じていたのです。いままでの録音ではここまで徹底的にアインザッツの速度を使い分けていないと思うので、近年になって導入した演奏法だと思います。
以上、細かなことを書いていると際限がないのでこのへんでやめておきます。先にも言ったように、モーツァルトが壮絶なまでに生への執着を見せた曲ということが伝わってきて、とても感動しました。そしてアーノンクールがいつも言っていることですが、単に美しい・気持ちいいだけの音楽ではいけないのだ、と。音楽は芸術であり、そして人生そのものであり、だからこそすべてを賭けて情熱をもって取り組む価値があるのだと。決して器用とはいえない指揮ぶりのアーノンクールの後ろ姿が「オレはいまそれを実践してるんだ!」と主張しまくっていて、たまらなく格好よかったです。また来日してほしいなあ。

*1:アーノンクール最初の録音でこの「レックス」が異様に短くて物議を呼んだのです。再録時にはだいぶ長く「レーーーックス」って歌わせてましたが、今回はまた短くしたんです。