アブデル・ラーマン・エル=バシャのショパン全集の巻

ショパンのピアノ独奏曲がほぼ網羅された全集で、作曲年代順のCD12枚組みです。エル=バシャは典型的なバランス重視・構成重視タイプのピアニストなので、ディテールに凝ったことはほとんどしませんし、強弱表現もテンポ変化も控えめです。
ではどこが魅力かというと、テクニック面の安定性になります。この人がベートーヴェンのハンマークラヴィーアを演奏しているところがTVで放映されたことがあるのですが、「この曲は全然難しくないよ」という感じで涼しい顔でスイスイ弾いてました(笑)。基礎的な演奏能力がスバ抜けて高い人なので、どんな曲を弾いても安定感があります。欠点としては、このタイプのピアニストにありがちなリズムやアーティキュレーションに対するやや淡白ともいえる姿勢です。ワルツなどは本当に均等割りの3拍子でズンチャッチャ(笑)ですから、どんなに端正にまとめていても足取りの軽い雰囲気は演出できません。逆に、シリアスな曲だと非常に奥行きのある解釈と表現を聞かせてくれていいと思いました。それと、シンプルな小曲は本当に楽譜のまま何も工夫しないで弾いているのでつまらなかったりすることもあるのですが、複雑な曲になればなるほど手腕が冴えて、ポリフォニーも混濁せずにうまく聞かせてしまいます。
先にあげたハンマークラヴィーアなども、あまりに軽々&楽々と弾いてしまうのでびっくりしましたが、それ以上にこの曲特有のグロテスクなイメージを軽減し、スッキリと整理された演奏になっていたことに驚きました。エル=バシャの演奏はアクがなさすぎてつまらないという人もいるかもしれませんが、複雑な曲を見通しのよく聴かせてくれる手腕の確かさは本当に見事です。