フィギュアスケート:男子シングルが死んだ日

タイトルは釣りです。
プルシェンコが何のためにカムバックしてあんなに見苦しい演技を繰り広げているのかよくわからなかったんだけど、そういうことだったんですね。競技スポーツとして停滞してしまったフィギュアスケートには未来がない。だから、フィギュアスケートの未来のために、彼は4回転を飛ぶ。それを見て刺激を受けたほかの選手も、自分と同じように未来を切り開いていってくれるものと信じて。
今回の男子金メダリストの演技は何一つ未来を切り開いていません。ミスを回避するのは結構ですが、極度に緊張して凍りついたような表情で機械的に要素をこなすロボットのような演技はひどかった。*1プルシェンコ先生の怒りはごもっともです。しかし、「4回転+3回転のコンボを2回決めても、ほかが雑だと女子並プロを完成度高く滑った人の方が上の順位になる」という現行ルールの問題点を示したことは意義があります。*2
現行のフィギュアスケートの問題点はいろいろあるのですが、要は「一般ファンの見た演技の出来栄えと採点の間に信じがたい乖離がある。」(ぶっちゃけ、採点ルールがおかしいよね)ということに集約されます。とりあえず男子シングルでわかる問題点が以下のポイントです。

  • 4回転ジャンプを組み込むことによるプログラムの全体的な難易度上昇が、配点上全く考慮されてないこと。
  • 特にコンビネーションジャンプにおいて、4回転の評価が低いこと。4回転のあとに続けてジャンプを飛ぶのがどれほど困難なのか、誰もが知っているのに配点に反映されていません。4−3連続は3−3を飛ぶのとはわけが違うのです。
  • PCS(プログラム・コンポーネンツ・スコア)によって、不明瞭に加点減点されること。今回、地元のパトリック・チャン選手がフリープログラムにおいてPCSの大量加点で小塚選手より10点くらい高得点を出すという信じがたい事態が起こりました。スケーティングの質(滑りの美しさ、滑らかさ)では同等なのに、なんとか4回転を降りた小塚選手より圧倒的に高得点になってしまうなんて、そんな採点ルールはもはやスポーツとはいえません。*3

スケート協会の考えもわかります。リスクの高い4回転を推奨したあげく、選手が故障してしまっては元も子もありません。でも、プルシェンコ自身が満身創痍にもかかわらず、ほとんどこのオリンピックのためだけに復帰してきて果敢に4回転に挑戦し、見事に成功し、観客を沸かせたことには深い意義があると思います。私自身は、ミスの無い演技を見たかったら競技じゃなくてアイスショーに行けばいいのに、と思います。
ああそれにしても。
4回転を失敗した後、振りきれたように生き生きと、満面の笑みで滑る高橋大輔は素晴らしかった。観客は点数の取れる演技が見たいんじゃないんです。全力を出して、個性をめいっぱい発揮した演技が見たいんです。プルシェンコは本来ジャンプ以外にもいいところがいっぱいある選手ですが、今回はジャンプしかいいところがなく、しかもフリーではジャンプの質もイマイチということもあってぶっちゃけ銀メダルでも妥当かなと思うのです。*4
ああそれにしても2。
これも以前から思っていたのですが、トリプルアクセルって、本当に難しいんですね。主要選手で2回きっちり決められたのって高橋選手だけじゃないかと思います。スローパートで休憩(笑)したあと、後半に入ってすぐにアクセルを入れてはみんな自爆するから(笑)、もうこのジャンプを2回決められる人は誰もいないと思っていたのですが、高橋選手がやってくれました。*5
最後に、男子シングルは今シーズンで死にましたが、女子は昨シーズンに死んでいて、いまはもうゾンビ状態です。おそらくバンクーバーでも余すところなくゾンビっぷりを証明してくれると思うので、みなさん期待していてください。技術評価であればトリプルアクセルを飛べる人が優位ですし、表現力評価であればガシガシ氷を削ったりせず滑らかなエッジワークを使える人が優位です。つまりどんな評価をしても浅田選手の優位性が揺るがないのですが、そうならないところがゾンビたる所以。あと安藤さんですが、4年前がウソのように絶好調ですし(練習を見てびっくり)、精神的にもすっかり成長なさってるんですが、試合前にピークを持ってきてどうすんのよー、とだけ言っておきます(笑)。

*1:トリノで荒川が危険回避して金メダル取ったって非難されたましたが、あれはちょっと神懸り的に美しかったし、特にイナバウアー以降は金メダルの演技として恥ずかしくなかったと思います。

*2:そんなことは何年も前から言われていたんだけど、オリンピックという舞台で如実になったことが意義がある。

*3:とはいうものの、メダリストのPCSを見ると高橋>ライサチェック>プルシェンコで、まずまず妥当だと思います(なんだかんだ言って観客を沸かせたのは高橋選手)。

*4:どうしてもトリノやそれ以前のプルシェンコと比較してしまう。

*5:トリプルアクセルを2回飛べる浅田選手がいかに図抜けた存在かわかります。いくら演技冒頭とはいえ。