ニコラウス・アーノンクール指揮コンツェントゥス・ムジクス・ウィーン@サントリーホールの巻

曲目はバッハ「ミサ曲ロ短調」。
まず愚痴らせて(笑)。何しろ縁遠い曲なので、2ヶ月以上前から予習です。東京出張の折などに延々と聴くわけ。で、どうも理解度が向上しないので先月になってスコア購入(しかもわざわざバッハ協会版を取り寄せ⇒これが成功でした)して、スコアを読みながら聴くわけ。すると、予想以上に脳ミソが全然ついていけないわけ(笑)。もちろんアリアやデュエットくらいだと初見でもきちんと楽譜を追えるわけですが、コーラスが4パートとか8パート(!)とかになると、いまどこやってるのが、何がどう入ってくるのか、完全に置いてきぼりです。この曲って、おそらく演奏を前提にせずに、頭の中でいろいろ試行錯誤しながら少しずつ書き上げた作品なので、ものすごい完成度と難易度になっていて、ぶっちゃけ当時の人には演奏できなかったのではないかと思います。
で、アーノンクールさんは、この夜それを見事にやっちゃいました。特にアルノルト・シェーンベルク合唱団が素晴らしく、しょっぱなの「キリエ」という第一声だけで完全にサントリーホールを掌握です。
数年前のモツレクはかなりアーティキュレーションが厳しく、劇的な音楽作りを意図していたと思うんですが、今回は敬虔な祈りを重視していて(作曲家の時代性の違いですね)、ひとつひとつのパッセージに丁寧にニュアンスを込めて、歌っていました。特に小編成になったときの集中力がすさまじく、アーノンクールさんは基本的に奏者に任せるんですが、どうも相当に細かくリハーサルをしたようで、本当に楽譜どおりのアーティキュレーションカンタービレを紡いで紡いで音楽を織っているという感じで、実に感動的でした。ベネディクトゥスやアニュス・デイといった終盤のアリアが特に好きなのですが、この演奏がまた素晴らしかったです。
でも音楽自体はけっこう厳しくて、エンターテイナメント性はほぼ皆無。ミサ曲なのでもう少し天国的な様相を盛り込んでくると思いきや、そこはアーノンクールで「だって天国なんてないもん」「神様なんかいないってみんな知ってるのに、まだ信じてるの?」という現実的なスタンス。その上で、「ではせめて音楽で神にお願いをしましょう」「いまこの瞬間だけは、神を信じてみませんか?」とでもいう哀願スタイルといってもいいほどの嘆き、悲しみ、哀切といった感情を重視しつつ、最大限の慈しみと感謝を持った演奏ですから、これが感動的でないわけがありません。後半なんかはもう、このまま永遠に終わらなきゃいいのに、とずっと思ってました。
終演後は宗教曲とは思えないほどの大拍手&スタンディングオベーションで、アーノンクールさんも珍しくニコニコとご満悦でした。演奏自体が非常に精緻でバランスもよくまとまっていましたし、ダイナミックな合唱も完璧でしたので、演奏者の満足度も高かったと思います。あと、おそらくこの人たちがロ短調ミサを演奏する最後の機会になるんではないかと思われ、実際目頭を押さえている団員もいました。団員も高齢化していますし、アーノンクールさんも引退は近いと思うので、この稀有なアンサンブルを聴ける機会はもう残り少なくなっていると思います。自分がどういう経緯でアーノンクールに没入していったのか、もうよく覚えていないのですが(笑)、まさか2度も生演奏を聴くことができ、それがよりによってモツレクロ短調ミサという2大名曲だったのは幸運としかいいようがありません。
個人的には、スコアを読みながら「自分だったらこういう風にアーティキュレーションをつけて歌う」と考えていたことがほぼそのとおりに行われていたので、ちょっと自信が持てました。身体の動き方(減七などの印象的な和声をぐっと強調するために前のめりになる)、ボウイングの方向、テンポ解釈など、ほとんど想像していたとおりでした。私はバッハの音楽はアーノンクールの著書で勉強したようなものなので当然といえば当然の結果なのですが、それでも考えていたとおりにやってくれると嬉しい。アーノンクールの教えを多少なりとも理解できていたんだ、という自負を持ちました。