長岡純子さん最後の演奏会の巻

NHKのクラシック倶楽部で2度も放映されているのでごらんになった人も多いと思います。82歳にしてなおアグレッシブなプログラム(バッハ=ブゾーニシャコンヌ、ワルトシュタイン)にまず驚くとともに、確かな造形力に基づく音楽の作り方が実に素晴らしいです。技術面では年齢相応の衰えはありますが、この構築力は偉大としかいいようがありません。演奏家として60年以上ご活躍(拠点はオランダ)を続けていますので、まさに十八番のプログラムだとは思います。演奏している腕や手を見ると、まるでラローチャのようにがっしりとしていて、腕も太くて力強いのです。オクターブ以上の和音も余裕で弾いてしまいますから、日本人女性としてはかなり大きな手だと思います。奏法や基本的な解釈はいわゆるドイツ式で、余計な虚飾を廃し、インテンポな拍子感を保つタイプです。
シャコンヌは多声部からマルカートかつカンタービレに旋律を浮き立たせる技術が際立っています。おそらく両手の親指がとても自由に動くのだと思います。テンポを少し落としたり、難しい箇所はより易しいossiaを弾くなど、衰えた技術をうまくカバーしているところも見事です。
ワルトシュタインは驚きの正攻法で、あっぱれとしかいいようがありません。終楽章もテンポ少し遅いのですがトリルは十分すぎるほど速く(笑)、指回りがあまり衰えていないことがわかります。津田ホールで収録されたこの演奏会が長岡さんの最後のリサイタルとなり、翌年の1月18日にお亡くなりになったそうです。
こういう演奏を見ていると、力に頼っただけの演奏はしょせんその場の印象しか残らず、想いを伝えるのは表面的な技巧ではない、ということをしみじみ思い知ります。長岡さんはとても楽々と弾いてるので自分でも弾けるのではないかと錯覚を覚えますが、あそこまで到達するまでにはまず若いころに相当な蓄積があり、なおかつ、歳をとっても筋肉が衰えないように毎日練習を欠かさなかったはずなのです。私の3倍くらいの太さの腕からは、生涯現役を貫いた人の凄みが伝わってきます。