クラシックピアノのメソッド本です。個人的にはその最高峰だと感じました。でも機械的な練習法はほとんど載ってないです。そんなものは無駄だっていうのがシャンドール先生の主張なので。シャンドール先生があれだけ音楽的な演奏ができる秘密がこの本で明かされているように思いますし、技術レベルが心許ないアマチュアこそ、こういうメソッドを参考にしたほうが良いのではないかと思います。ムキになって指を鍛える必要はない。それはむしろ悪である。音楽っていうのはそういうものではなくてね、と諭してくれる本です。
そのむかし、浜野範子先生にピアノを習っていたときのメソッドがこれでした。取り上げられている楽曲のレベル的に、中級以上(ソナチネ以上)のピアノレスナー向けなのですが、ピアノ好きで楽譜が読める人には全員勧めたい気分です。
実は岡田暁生さんが好きで、彼の本を探していて見つけました。彼の翻訳はとても見事です。しかもたまたまシャンドールのプロコフィエフ録音を聞いていたときに見つかるという偶然。いや必然?
- 作者: ジョルジシャンドール,岡田暁生,大久保賢,小石かつら,佐野仁美,大地宏子,筒井はる香
- 出版社/メーカー: 春秋社
- 発売日: 2005/02/01
- メディア: 単行本
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※私が書いたアマゾンレビューから抜粋。
メカニズムのメソッド本ですが、機械的な練習法の提案ではなく(そんなものは時間の無駄だとバッサリ)*1、さまざまな作曲家の名曲難曲のフレーズをどのように捉えて演奏するか?ということを、膨大な楽曲を例に出して解説しているのが特徴です。特にフレージングや拍節感の捉え方が重視されています。これらは音楽的な演奏表現には不可欠ですが、アナリーゼの問題と見なされたりソルフェージュで学ぶこととされ、他のメソッドではごっそり欠落しているのが現状だと思います。つまりメカニズム*2・ソルフェージュ*3・アナリーゼ*4・音楽表現といった要素が分断されているんですね。この本では【すべては音楽表現のため】ということで一貫するので分断せず、アナリーゼの結果が直接メカニズムに繋がるということが示されています。*5その結果「こういうフレーズはこういう動きで弾くといい」という書き方になっていてとてもわかりやすいのです。フレーズのアナリーゼは実はとてもシンプル。基本的に、強拍は強く弾け、弱拍は弱く弾け、です。以下引用。
強拍は重力を利用して弾け。でも安易に重力奏法とか言うなよ?腕の重みをたっぷり鍵盤に乗せるんだぜ、だから楽譜には下矢印↓を書くぜ。これだけで自然に深いフォルテになるし溜めもできるぜ一石二鳥以上だぜ。
逆に弱く弾くときは、魂を腕を重力に引かれちゃダメだぜ。腕や手首を引き上げるような動作で弾くといいぜ。キーシンがやってるアレだよアレ。見た目もカッコいいしさっさと真似しろ。当然、楽譜には上矢印↑を書くぜ。
その他のこととして、古典的なピアノ奏法の慣習にもメスを入れています。
強引な親指の潜行(指くぐり)はスムーズな動作を阻害して音楽的に弾けないから別のやり方に改善しろ。オレが写真で見本を示してやるわ。こういうフォームを習得するだけでスケールやアルペジョが速くスムーズに弾けるようになるはずだぜ。指の動きに頼らず、手首や腕といった多くの筋肉や関節に動作を分担させることで、無理なく楽に弾けるようになるぜ。
指くぐりの弊害については、浜野先生から言われた「そんなことやってたら速く弾けないよ?」で目が覚めました。つまり、親指で弾いた隣の鍵盤に別の指を滑り込ませる、あるいは別の指で弾いた鍵盤の隣に親指を滑り込ませるようにする。あとは、できるだけ負荷が小さく、滑り込ませやすいフォームを見つければいい。
また、フレーズの捉え方を習得していくと、無機質に書かれたように見えるオタマジャクシから生き生きとした音楽の本来の姿が見えるようになります。さらにそれを自分の演奏として表現できる喜びを感じることができます。最終的には、新しい曲に取り組むときに誰かに教えてもらうのではなく、練習曲に時間を費やすことも避けて、自分で考えて弾けることを目指していると思います。演奏家としての成熟を促しているのでしょう。でも一般人の観点からすると、ピアノを弾く人に喜びをもたらすメソッドですし、音楽がいっそう好きになるメソッドだと思います。