ヤマトよ永遠にREBEL 3199 第2章の巻(ネタバレあり)

オリジナルのヤマトよ永遠にとはかなり異なる展開で面白かったです。
古参アニメオタク視点だと、ストーリーの骨子は伝説巨神イデオンに近く、デザリアムの設定は竹宮惠子先生の「地球(テラ)へ…」に酷似したものだったと思います。

以下、つらつらと書いていきます。

ヤマト視点だと、イデオン的なスペース・ランナウエイ(宇宙の逃亡者)でした。また宇宙戦艦での白兵戦はヤマトの定番とはいえ、イデオン発動篇そのものなシークエンスがあったので、福井総監督はほんとにイデオン好きなんだなって思いました。
サーシャがまるっきりカララ・アジバのポジションなんです。それにヤマトは艦底が弱いんだから下にワープアウトしろよって思うでしょう?そうではなくて、直上にワープアウトして足が生えたゾロメカが上から降ってくるのがイデオンで開発された様式美なので、それに則ったわけです。もっと小さいメカにしろって思うんだけどね(攻撃が当たりにくいので)。相変わらず宇宙が狭いし、ゴルバを一発で仕留められてるのにヤマト拿捕という難度が高い作戦をかなり小さな兵力でやろうとするデザリアムの甘さとか、ツッコミどころ満載なのも実にヤマトでした。

デザリアムの素体に人格がダウンロードできるのは予想の範疇でした。当初は弐瓶勉的なものを想像していたのですが、第2章の演出を見るとデザリアム人の記憶の多くは首に装着するゴーストハック装置による偽記憶(©攻殻機動隊)なのかもしれないと感じました。あと潘恵子がしゃべりすぎで黒幕感が消えてしまった。これらはあからさまな演出だったので、ミスリードを狙ってるのかもしれないです。

またデザリアム人の設定が「地球へ…」と共通する要素が多かったのですが、スカルダートから末端の分担までマザー・デザリアムにコントロールされているのは「地球へ…」以上に徹底された管理社会だと感じました。デザリアム人の製造方法が「地球へ…」そのものだとか、懐かしい故郷である地球へ帰還したがる行動も、地球へ…と同じなんですけど、それはおそらく第三者によってプログラムされコントロールされた行動というのが気味が悪いです。

演出面については、デザリアムのメカが黒いのに宇宙空間でも視認できるのは視聴者にやさしい演出ですね。明度やコントラストの調整が難しそう。庵野さんのように暗くて見えないのも演出として済ませてしまうこともできるのに、逃げないでちゃんと見せてくるのは偉いです。さらばヤマトの超巨大戦艦が真っ黒でほとんど見えなかったことを思うとホントありがたい。
地球・デザリアム・ガミラス・ボラーと4つの勢力が入り乱れるのはZガンダム超えを目指すブンゴーのチャレンジだと思いました。いろいろな要素を90分弱でギュッとまとめつつ、駆け足感がないのはカット割りが上手いからでしょう。このあたりはブンゴーが総監督になったことが大きいのかもしれない。自分でコントロールできたらしいガンダムNTは尺の使い方が良かった。ところがヤマト2202では明らかに詰め込みすぎ&説明不足+それを補う説明ゼリフという状況に陥ったし、2205も映像への落とし込みに苦慮している感はあった。3199を見て当初は『ブンゴーの無茶なシナリオを映像に落とし込む術をようやく会得したな』と思ったんだけど、総監督になってそのあたりまでコントロールできるようになったとすれば、納得感があります。

第2章で少々まずいと思ったのが劇伴です。旧作にない新しい展開が続いたためか、劇伴の付け方に迷いが感じられるシーンが散見されました。劇伴が良い場面も多かったので、合ってない場面の違和感が際立っていた感じです。第1章は旧作のヤマトよ永遠にと同じ展開だったから劇伴には一切の迷いがなかったので気になりました。