音楽図鑑 - 近況報告

はてなダイアリーから移行しました。

サイコフレームの共鳴とエキゾチック物質についての巻

タイトルは宇宙世紀ガンダムのことを書いていますが、宇宙戦艦ヤマト2202にも関わる話です。

  • 光速を超える速度での運動(いわゆる次元波動超弦励起縮退半径跳躍重力波超光速航法、略してワープ)
  • 時間が逆行する現象
  • 時間が相対的に速く進む現象(ウラシマ効果の逆)

など、相対性理論を超越したようなギミックがありますが、物理学的にはエキゾチック物質という概念で説明できるという話を書こうと思います。

有名なエキゾチック物質は超光速の粒子であるタキオンです。あと反重力とか負のエネルギー(負の質量)といった概念も重要です。これらは時空連続体そのものを捻じ曲げたり、時空連続体に開いた穴(ワームホール)を安定化させる作用があるので、物体は光速を超えて移動できないとか、時間は相対的に減速できるが加速や逆行はできないという法則に縛られること無く、時空を自由に移動することができます。

ガンダムNTにおいて、ガンダムUCの最終話におけるサイコフレーム共鳴の結果として起きた武力無効化は、部分限定的な時間逆行の結果であるということが説明されました。つまり虹の光の正体は負の質量を持つエキゾチック物質であり、その拡散が超常現象を引き起こしたという見解になります。
また共鳴に伴う莫大なエネルギー放出もエキゾチック物質で説明可能です。理論的にはエネルギーを使わずに無限に加速できるので、フェネクスの亜光速移動も説明可能です。(フェネクスはワープすら可能でしょう)

なおガンダムNTでは共鳴の結果として起きた現象については説明されるものの、共鳴が起きるメカニズムがわからないしコントロールもできないので、こんな恐ろしいものは使っちゃダメという結論になっていきます。

以上より、ガンダムNTニュータイプ論は、オールドタイプとは時空連続体に縛られたヒトであり、ニュータイプは(死者の魂のように)時空連続体を超越した高位の意識を持ちつつ、時空連続体の中に存在できるヒトということになりますシャアはオールドタイプのことを重力に縛られた人間という表現をしていましたが、この認識は中途半端と言わざるを得ないところがあり、図らずもシャアがニュータイプとして未熟ということを証明してしまったようなセリフだと思います。

宇宙戦艦ヤマト2199/2202に登場するコスモリバースシステム(CRS)も時間逆行の仕組みということがわかります。むやみ時間を逆行させるのは危険なので、制御のために死者の記憶を利用するというかなり邪悪なシステムですが、生きているヒトは時空連続体の中の存在なので、この仕組みをコントロールできないのです。そのため死者の記憶が存在しない場合は時間逆行機能は失われ、エネルギー増幅機能のみとなります。

また、CRSで時間逆行させて地球の環境を復活させた結果の副作用として、時間が加速された空間(時間断層)が出現します。これは時間逆行と対になる現象です。両者を足すとゼロになるはずなので、時間断層はいずれ消失すると予想されます。ヤマト2202のストーリーの中で消失させるかもしれませんが、残しておけば間違いなく続編での強力な伏線として使えます。

ところで、ヤマト2202では波動エネルギーの共鳴でメカが動かなくなるという現象が起きていました。もうおわかりですね、ガンダムUCでの武力無効化に極めて近い現象ということになります。

つまり福井晴敏さんはエキゾチック物質や、死者の魂が時空を超越した高次の存在になるという設定を、ガンダムとヤマトの両作品で使ったということになります。一粒で二度おいしいですね(๑´ڡ`๑)

機動戦士ガンダムNTの巻

ガンダムUCをリアルタイムで見ていなくてダンダン地団駄を踏んだ経験を生かし、公開初日に見てきました。*1

1年戦争に絡んでニュータイプゆえのトラウマを背負った3人の子供が中心の話ですが、この映画での1年戦争は9.11とか東日本大震災のような現実に人類に降り掛かった災厄のメタファーという扱いに変わっています。これはいままでの宇宙世紀ガンダムとはスタンスが大きく違う部分です。それゆえ福井さんがやりたがる政治的な描写もごく限られたものになっています。

ということで、話の焦点はもっぱら主人公である3人の子供のトラウマの昇華であり、そのための舞台装置がガンダムナラティブフェネクスということになります。そこに絡めてニュータイプについてガンダムUCよりもさらに深く掘り下げ、さらにオールドタイプであるサブキャラがどのように関わっていくか、というディテールが描かれます。ニュータイプの説明において、サイコフレームの共鳴現象がマイナスのエネルギーを拡散した結果である可能性がある(よって時間が戻ったような状態になる)というSF的な見解まで示されたのが重要だと思います。

劇中で描かれる出来事はコロニー落としやヘリウム3の大爆発という悪しき心によるイデの発動だったり、アクシズショックのような善き心によるイデの発動ですし、相変わらずイデオンのSEがバンバン使われて趣味全開という感じではありました。

ただ先に述べたように、現実世界の災厄後の作品でもあるので、登場人物全員死亡で因果地平に行ったり、虹の彼方に消えたりしません。現実世界に戻ってきます。そして戻ってきたところには待っていた人がいました。この人が出てきたところで涙腺決壊でした。誰もいないフェネクス(だけどそこにリタはいる。この切なさ)に乗ったときにもうかなり泣けたんですけど、その状況から戻ってきて身も心も傷ついて戻ってきた主人公を迎えられるのは、同じように虹の向こうの世界を見た上で戻ってきたこの人しかいないのです。

*1:先行上映を見るほどの熱量はない。

フランコ・ファジョーリ & ヴェニス・バロックオーケストラ@オペラシティの巻

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この人の演奏会に行ってきました。

本人はCD以上でしたがオーケストラの演奏が雑というか、ノリが悪くて参ったな~という状態が続き、最後の2曲でようやくキレのあるアンサンブルになってよかったです。イタリアの楽団なのに、夜7時きっかりにコンサートを開始させるなんてことをやった主催者に問題があると思います(笑)

ポリコレに配慮したらしいヴェノムの前半部がいまいちだった件の巻

安定のタイトルからネタバレしていくスタイル。

寄生獣のパクリと言われているヴェノムですが、紛うことなきパクリでした。ヴェノムのほうが登場が早いとかそういう問題ではなく、ストーリーとテーマ性が完全にパクリ。パラサイト同士のバトルもそっくり。

ただ全編に渡って説教臭いテーマ性が支配した寄生獣と比較すると、ダメな人類をなんとかしなくちゃいけないとか、虐げられた人たちを救おう、みたいな正義のヒーロー気取りの偽善者臭しかしない展開は前半部のみで、ヴェノムが主人公に対して「いま元カノにXXしないとお前は一生後悔するぜ」とアドバイスをしたところから、いきなりバディものに転換します。ここからが超アツい展開なんですけど、ここに至るまですでに1時間以上経過していてダルかったです。大企業=悪というステレオタイプな認識とか、設定がザルだとかいろいろ文句をつけたいところもありますが、おそらくなんにも考えてないと思うので、いちいち突っ込むのは無粋でしょう。後半になると、登場人物は誰一人としてそんなこと覚えていないです。

前半と後半で印象が変わってしまうのは他にも原因があります。いささか穿った見方になりますけど、前半はポリコレに気をつかいすぎではないかと思います。前半で伏線が置かれたもう1人のパラサイト(アジア系老女ほかいろいろ→白人少女→ラスボスと渡り歩いてポリコレ要件をクリア)の描写に時間を使いすぎです。これがあったので前半の1時間がダルくなってしまいました。

まあそんなわけで、ポリコレ対応で脚本をいじると流れが悪くなるよなあと痛感した次第です。あとエンディング中で挿入されるエピローグで最初の偽善臭いテーマを蒸し返したのは最悪だなと思いました。お説教されに映画館に来たわけじゃないと言いたいです。

ただ主人公とヴェノムのバディ関係はとっても良いので、バディものが好きな人は必見だと思います。いい感じのにブサカワ面の主人公のキャスティングは個人的に大当たり。

GODZILLA 星を喰う者/ボヘミアン・ラプソディ の巻

連チャンで見てきました。

GODZILLA 星を喰う者 

harnoncourt.hatenablog.com

 こちらの続編で完結編。表面的な部分では腐女子向けに舵を切った観念的な耽美映画になりました。LoveはないのでBLではないです。ゴジラもギドラも舞台装置以下だし、女子キャラも存在意義がさらに希薄になりました。
前回のレビューで書いたとおり、カオスな思想をもつ勢力が衰退したので、宗教的な思想の勢力が増大するお約束のメガテン真・女神転生)展開でした。メガテンなので、宗教家が供物を要求したあげく異世界から神様が出てきて、この神様に恭順せよとか言い出して、主人公がそんなバカなことあるかよ!と抵抗する流れを予想したんですが、まさにそのとおりになりました。どっちらけです。ラストシーンはとってつけたような「さらば宇宙戦艦ヤマト」だし、発想の乏しさに情けなくなりました。まどか☆マギカがパクリだって書いたら噛み付いてきた人がいたけど、やっぱり虚淵氏はパクリしかできないことが改めて露呈しました。心底業界から消えてほしいです。もっともこの出来ばえでは次に声がかかることはないと思いますが。
本作品は三部作を通して、人間は本質的にエゴイストだということをずっと描いているところは首尾一貫しています。フツアの民ですら自分たちの思想を押し付けるし、最後に主人公が究極に自己中心的な選択をして終わるのもまさにそれです。死ぬなら一人で死ねよって思うんだけど、メカゴジラ細胞を利用されたくないっていうだけで道連れにするという清々しいまでのエゴイストぶりです。
ただその描き方があまりにも安っぽいし、どこかで見たようなシチュエーションだらけなのがひどかった。第一作の時点でこんな安直な企画が通って予算が出るのが信じられなかったのです。シン・ゴジラの利益、それは金銭的なもの以上にゴジラ映画の面白さを世間に再確認させたこと、をこんなカタルシスのない映画に使ってしまうなんて本当に残念です。

ボヘミアン・ラプソディ

絶賛されてますが、フレディ個人のドラマとクイーンというバンドのドラマの両方を描こうと欲張った結果、どちらも最後で中途半端になるという残念な出来栄えでした。ライヴ・エイドに至るまではほとんど完璧で文句のつけようがございませんが、ライヴ・エイドをクライマックスに持ってきたのが失敗だったと思います。彼らのゴールはラストアルバム「Made in Heaven」なので、ライヴ・エイドはあそこまで濃密にしないで、その後をしっかり描いてこそ名作になったのではないかと思います。そうすると3時間くらいの尺になるんですけど、むしろそのくらいがちょうどいいでしょう。
フレディが自らの性的嗜好に気づくところとか、ゲイっぽい趣味に満ちた家の様子とか、バンドのレコーディングの様子(おもしろい)とか、いちいちディテールが凝っててよかったし、そこに製作者の愛を感じました。上映後拍手が起きたことを申し添えておきます。まあ拍手したのは私ですけどw

 

 

さらば宇宙戦艦ヤマトを力強く否定した宇宙戦艦ヤマト2202 第六章 回生篇 の巻(ネタバレあり)

harnoncourt.hatenablog.com

以前こんな日記を書いていたのですが、ヤマト2202は第六章でついに明確にさらばヤマトを否定しました。実は公開前にYouTubeにアップされた冒頭11分ですでにさらばヤマト的要素(愛のために戦って死ぬ)が否定されています。逃げろ、生き延びろ。これは旧第一作や2199で沖田艦長が言っていたことでもあります。明日のために今日の屈辱に耐えて生きるというのは、おそらく松本零士氏の考え方だと思います。

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さらばヤマト後に作られたヤマト2は、松本零士氏の意向で異なる結末になっていますが、ヤマト2202第六章はそちらに寄せる方向性を打ち出しつつ、もっと根源的なところで生きるとはどういうことか?他人を愛すること、他人を信じることとはどういうことか?という命題をしっかりと伝えようとしていると感じました。

今回活躍する銀河は人間らしく泥臭く生きようとするヤマトとヤマトクルーに対するアンチテーゼであり、そのための舞台装置でしかありません。さらばヤマトではアンドロメダがその立ち位置だったのですが、尺の関係で描写が薄く対比が明確になっていませんでした。しかし今回はこの舞台装置をものすごくうまく使っています。すったもんだのあげく、真田さんの一喝*1で目が覚めた艦長の藤堂によって*2極めて劇的にAI制御艦という存在が否定されます。もちろん、AIで動いている艦をマニュアル操作に変えていきなりうまく運用できるわけがないので、その前に銀河に移乗した島が銀河クルーを徹底的に鍛えるシーンが入るという念の入った伏線もあります。

そしてアンドロメダも旧作では描かれなかった極度に自動制御された戦闘シーンをしっかり表現した上で、優れた人間に制御されたAIはとても強く、ときに人間臭い振る舞いさえする、というところまで突っ込んだ描写がなされました。モニターに波動砲シーケンスを再起動するRESTARTの文字が表示されたときは胸が熱くなるものがありました。AIに感動させられてしまうとはおそろしい。
あとは土方さんの大演説です。ヤマト2では最終回でテレサが「勝って帰るより負けて帰るほうが勇気が必要(そしてあなたにはそれができる)」といって特攻しようとする古代を諭しますが、2202では土方が「死ぬな、屈辱にまみれても生きろ」そして「人間は弱い。間違える。でもそれがどうした!それこそが人間の特権だ!」と言い切ってトドメを刺します。
コンピュータやAIによる管理を否定するドラマはSFではありがちです。人間が主導権を取り戻す展開は、やはり見るものに対して強いカタルシスを与えます。それと同時に、さらばヤマトのあの終わり方をも力強く否定したセリフだと感じました。

すでにいままでの伏線も回収されていますし、テーマ的にはヤマト2202はもう結論が出たと感じました。あとは3つの星と、それに関わる人々のドラマがどのような結末を迎えるかという点のみが残っています。
古代はしぶとくズォーダーの暴走を止めようとしていますけれど、できっこないのは明らかなのでまだ波乱はあると思います。どう考えてもズォーダーの暴走を止められるのはサーベラーだけですから。

第六章は根幹となる野太いストーリーがメインでありつつも、ディテールのこだわりも多く見応えがありました。アンドロメダは装備をフル活用ですし、ようやく陽の目を見たレギオネルカノーレも11番惑星のときと同じように波動エネルギーの共鳴で崩壊します*3
あとズォーダーがアクエリアスについて語ったので、これは次作の伏線として使ってくださいね、でも完結編と同じにするんじゃねえぞ、俺はここまでやったんだからな、という福井さんのメッセージだと捉えました(笑)

今回はヤマトはロマンティックな作品だということを改めて強く感じました。
人間は間違えるから強い。そのとおりです。それならばAIも同じように間違えるルーチンを用意すればいいんです。実際、試行錯誤するルーチンを備えたAIが描かれた作品もあります。福井さんがそれを知らないはずはないのです。でもヤマトは意図的にその部分をぼかして描いています。
たとえば数十隻のアンドロメダ級が、ガトランティスを真上から攻撃*4するけど通用しないシーンは、AIの推測が失敗した例です。そこから、山南さんのアンドロメダが銀河AIのフィードバックを受けて重力源を破壊するのが正解ルート、という流れなんですけど、わかりにくいですね。アンドロメダや山南さんがいきなり重力源を見つけるはずはなく、銀河が白色彗星の重力限界を調べているうちに情報がAIに蓄積されて、「あのへんが重力発生源だから危険」「でも上部は比較的安全だからこちらから攻撃したほうが被害が少なくて済むはず」という推測を立てていたと考えるほうが自然です。
でもこの部分を強調するとAIって使えるよね!という話になって、戦う男&燃えるロマン~から逸脱してしまうので、意図的に描かなかったと推測しました。

いや~でも第六章は本当によかった。
初見のときは「おーすげー( ゚д゚)」とアホみたいに見てましたが、二度、三度と見るうちにシナリオのディテールの作り込みの細やかさがわかってきました。特にミルの「やったか!?」(やってない)がお気に入りのセリフです。このときのすごく嬉しそうな顔がまた笑えるw

*1:真田さんは実は機械を憎んでいるという旧作設定が頭をよぎった瞬間

*2:この藤堂のドラマも印象的で決してちょいキャラになっていない。

*3:あんなもの必要なのか?とずっと思っていたのですが、このための伏線と思えばまあいいかと。ただ第11番惑星関係のエピソードは尺を取りすぎたとは思います。

*4:真上と真下が脆いという旧作設定のオマージュでもある

新幹線変形ロボ シンカリオン 主題歌「進化理論」を演奏してUPしましたの巻


新幹線変形ロボ シンカリオン 主題歌「進化理論」を弾いてみた:楽譜付き

 

シンカリオンにどっぷりハマったので弾きました。歌詞のとおり、闘志を熱く沸騰させるような演奏を目指しました。8割くらいがフォルテだぜ。ガンガンズダンダン!
原曲よりだいぶ遅いですがこのテンポが限界です。Cメロ*1とか大サビはすごく難しいので、さらにテンポを落としてます。Cメロに入る前の120小節から落としてるのがポイントで、ほとんどの人は気づかないと思います。(気づかないでほしい)

繰り返しが多く一本調子になりそうだったので、アレンジや弾き方で工夫しました。
サビがああいうふうにしかアレンジできなくて凡庸になってしまったので、他の部分に仕掛けを盛り込んでいます。例えばAメロ1回めの伴奏はオクターブのトレモロにしがちなんだけど、あえて音数を減らしてストレートなビートを強調しておいて、2回めで思い切りシンコペーションを強調することで対比を出しています。

今回もiZotope Ozone 8でマスタリングです。レコーディングした段階では低域が濁っていて、アレンジ的に仕方ないかなと思っていましたが、たぶんOzoneがスッキリさせてくれるだろうと思っていて、そのとおりになりました。素の音より聞きやすくなって、さらにサウンドの密度も上がるのでありがたいです。

なお新幹線の写真はもちてつのモバイルバッテリーです。造形が良いのでたくさん買ってしまいました。動画に出てきた以外にもゼロ系を持ってますw

*1:進化(進化)それは(それは)~