ベートーヴェン ピアノソナタ全集(2度目) エル=バシャの巻

ここのところエル=バシャのCD紹介が多いですが、今回はベートーヴェンピアノソナタ全集です。

エル=バシャは以前FORLANEで全集を出しているので2度目です。FORLANEはスタインウェイで今度はベヒシュタインで演奏しています。スタインウェイが打楽器的になってしまい、カンタービレな表現がやりにくくなったからとかなんとか理由を説明しています。またいつも通りにコントロール優先でフォルテは絶対に破綻しない、テンポもブレない、感情的な表現はしない、と徹底しております。

全体を通じて言えるのが、対旋律の表現がとてもうまいこと。さりげなく、過度に強調することはなく、しかし明確な主張をがあるという絶妙なバランスです。バスや内声の進行もあからさまには強調されないものの、意味のあるものとしてそこに存在させています。そのため音楽(音響)の構造が多層的に聞こえて情報量が多いです。

また、付点音符の長さを律儀に3:1で弾いています。多くの人が2:1に近くなってしまう曲では正確に3:1で弾けるテンポ設定にしていることもわかります。こだわりですね。

なおop.49など難易度が低い曲の演奏表現もしっかり掘り下げられています。32曲のソナタすべてのレベル感がここまで揃った全集はなかなか聞いたことがありません。

純粋に鑑賞するならポール・ルイスの全集をおすすめしますが、完成度の高さではこれがトップかもしれないという気がしました。

そんなわけで、1度目の全集も発注しましたので届いたら改めてレビューします。

音楽がゲシュタルト崩壊するエル=バシャのショパンの巻

いつもどおり1音たりともおろそかにしないで鳴らし切る演奏です。テンポが抑制されていることも影響して、速いフレーズでも1つ1つの音符がしっかり分離してきます。また近年のエル=バシャはポリフォニーの表現がものすごく精緻で、複数の声部を異なる音色、異なるアーティキュレーションで演奏してきます。しかもあからさまに違うのではなくて、同じファミリーの中にありつつ、性質が異なるものとして提示してくるところが他の多くのピアニストとの違いになると思います。また、カンタービレが控えめで感傷的な表現を極力避けているのも特徴です。

一般的に、ショパンの演奏においては伴奏や和声感の演出に使われる音は明確には弾かず、ボヤッと響く程度に鳴らすのがよいとされていますが、エル=バシャの演奏は全部を明確に聞かせます。もちろんうるさくはないし、しっかりコントロールした上で、繊細に、そして何より『すべての音に平等に価値を与えた上で克明に』鳴らします。そのため音符は音楽というしがらみから解き放たれて、単に美しい音が次々と鳴り響くだけ、というような状態にまで還元されます。自分はこういう演奏を聞くと、眼の前で楽譜がバラバラに分解していくような印象を受けます。いわば音楽のゲシュタルト崩壊です。つまりエル=バシャはショパンの音楽を詳らかに分解した上で演奏しきっています。

ショパンの楽曲構造は古典的でかなり強固ですし、なにより主題(メロディ)のポテンシャルが非常に高い作曲家ですからどうしてもそこに引きずられた演奏になりがちです。言い換えればこれがショパンの音楽のわかりやすい魅力です。しかしエル=バシャはそういう魅力には決して屈しません。

こういう演奏なので、即物的な印象を与えかねず、一般的にはあまり受け入れられないのではないかと思います。ただエル=バシャの考えるショパン像が完璧に表現されているという点で極めて高く評価したいと思います。

なおショパンコンクールでこういう演奏をすると「ショパンらしくない」という評価を下されて予選落ちしそうです。そして「いや、彼は天才だ!」という人が出て大騒ぎになります。(実はエル=バシャが若い頃に出たコンクールでそういう炎上が起きています)

プロコフィエフ ピアノソナタ6・7・8番:アブデル・ラーマン・エル=バシャの巻

Play Prokofiev: Piano Sonatas Nos. 6-8 by Abdel Rahman El Bacha on Amazon  Music

エル=バシャの演奏の基本は『コントロール重視で抑制的』だと思っていて、今回のCDもその路線です。ただ全体的にポリフォニーを意識していて、多声部を異なる音色やアーティキュレーションで弾き分けることを徹底しており、その表現が極めて緻密で精緻です。普通のピアニストだとポリフォニーの表現において主要なパート以外は目立たないように演奏して主パートを浮き彫りにしますが、エル=バシャはそういった副次的な要素も、ささやくように横槍を入れるニュアンスだったり、明後日の方向を向いて歌ったり、手を変え品を変え表現してきます。すべてのフレーズ、すべての音符に意味があると考えて(というか意味を見出して)、一切の要素を漏らさず弾ききるという強い精神力が感じられます。
そのため圧が強い演奏ですし情報量がものすごく多いです。7番なんかは最初から最後まで情報量が多いので、ひたすらくどいです。エル=バシャの演奏からクドさを感じる日が来るとは思わなかったのでとても驚きました。絶対に弾き飛ばさないという強烈な自意識が伝わってきます。この自意識過剰感はまさにプロコフィエフの音楽ではないかと思います。

こんな演奏のどこが抑制的かというと、フォルテの最大音量を明らかに抑えているところと、主旋律をあえて一本調子で弾くことで強調する場面が多い点が挙げられます。

なおエル=バシャのこの傾向は突然生じたものではなく、その萌芽は下記の動画(プロコフィエフトッカータ)でも聴くことができます。やはり「私は弾き飛ばすようなことはしませんよ」という演奏です。

www.youtube.com

こちらの演奏が収録されたCDは10年ほど前にブログで取り上げていて、やはりエル=バシャの演奏の変容に驚いています(笑)

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今年の春季花粉症総括の巻

まとめ
・急な温暖+強風という条件が重なった超大量飛散日が3日あり、この日の症状が非常に重かった。3月に2回(スギ花粉)、4月に1回(ヒノキ花粉)
・スギ花粉は例年より軽かった
・ヒノキ花粉は相変わらず症状が遷延しやすくつらい
・目に見えて症状が軽くなったのは5月25日以降

2~3月は超大量・大量飛散日以外は症状が軽めで、スギ花粉の量は例年より少なかったと思われます。データ的にも裏付けられております。

ヒノキ花粉が終わる頃からコナラやクヌギの花粉が始まるので5月に入っても症状が続きますが、頭重感や倦怠感といった全身的なQOLを下げる症状が軽かったのがラッキーでした。

ロジェ・ムラロのラフマニノフの巻

ラフマニノフと同じくらいの身長&手の大きさをしているムラロ先生のCDです。ラフマニノフソナタ2番、楽興の時、コレルリ変奏曲が収録されています。

ラフマニノフはピアノ協奏曲は世界的に認知されているものの、独奏曲はかなりマイナーだと思います。なので歴史的にロシアとの関係が深い日本と、亡命人が多いアメリカ、そしてロシア&旧ソ連を含む東欧以外のピアニストはラフマニノフの独奏曲はあまり取り上げませんでした。しかし以前取り上げたオズボーンをはじめ、独奏曲の録音をする人が出てきました。

ムラロの演奏はロシア人やオズボーンの演奏と違って暖かい雰囲気に満たされているので、ラフマニノフ=寒い音楽だという先入観を持っている自分的にはかなり衝撃的でした。オズボーンのラフマニノフを聴いた時は寒くないなあと思ったのですが、ムラロと比較すると十分に寒いし、鐘の音の表現も透徹しているところがあって深刻で厳しい音楽になっていると感じます。しかしムラロの演奏は、柔らかく調整されたピアノの音色や、ドルチェなカンタービレも相まって慈愛や多幸感が支配的です。

ムラロ先生は自国(フランス)の作曲家は極めてオーセンティックな解釈で演奏する一方で、そうでない作曲家は個性的な解釈を披露する人という認識で、今回もその認識通りではあります。ただこういう方向性で来るとは思わなかったのと、どちらかというとストイックなピアニズムを打ち出す人なので、かなり驚きました。

 

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虫様筋を鍛えようの巻

虫様筋(ちゅうようきん)は指を1本ずつ曲げるのに使われる筋肉です。

しかしご覧の通り3~5の指はこの筋肉がくっついているので独立性が低くなっています。それでもピッシュナやドホナーニのメソッドを根気よく練習すると徐々に独立性が上がってきて重音やポリフォニーなど面倒なフレーズも弾けるようになります。

そのうえでこの筋肉の瞬発力を上げてコントロール力を増す練習を重ねたところ、ピアノ演奏の音質がかなり改善されました。いい感じです。

瞬発力を上げる練習は、スケール(音階)やアルベルティ・バスやピッシュナを付点音符で弾いて1音おきにアクセントをつけるという古典的なやりかたです。付点音符にアクセントを付けるのは弾きやすいです。慣れたら16分音符のほうにアクセントを付けます(こちらは少し難しい)。

重要なのは、アクセントを付けるときに虫様筋だけを使うように意識することです。つまり指先を鍵盤に触れさせたまま、手首や肘を使わず指だけを動かして打鍵することでアクセントをつけます。手首や肘を振るようにしてアクセントを付けると効果がありませんのでご注意ください。

強いアクセントで弾く練習を続けるとかなり疲れます。そうしたらメゾピアノやメゾフォルテくらいのアクセントにします。このようにいろいろな強さのアクセントをしっかり意識して弾くことで、コントロール力が上がっていきます。

自分はずっとピッシュナやドホナーニをやっていたんですが、この手の訓練はいろいろな楽曲を弾く中でも実行できることがわかりました。しかもそのほうが音楽的な訓練になります。

例えば、ショパンの革命のエチュードの左手でこの練習をやると、左手の指を独立させる練習をしつつ革命も上達するのでオトクです。幻想即興曲の、小指で弾く音にアクセントを付けるフレーズなどにも応用できます。お試しください。

月光ソナタ第3楽章の完成度がだいぶ上がったの巻

3月下旬から急にピアノの上達が実感できるようになり、月光ソナタ第3楽章も最盛期(2010年頃)を上回る演奏ができるようになってきました。

単純なスケールやアルペジオといった基礎的な技術は、まだテンポが遅いなど当時に及ばない部分はありますが、月光ソナタ第3楽章に関しては技術的な弱さがあまり目立たくなりましたし、演奏表現面は2010年を大幅に上回っているのでそれなりに満足感があります。しかも暗譜で弾き切ることができます。2010年は暗譜はできませんでした。
もちろんこれで十分というわけではなく、左手のアルベルティ・バスの多声的表現など、やりたいけれど技術的な問題で思うような表現ができない部分はまだあります。こういうものはおいおい詰めていければいいなと思っています。

他の楽曲も手を付けています。
いろいろ弾いた結果わかったのは、月光ソナタ第3楽章は現在の自分の実力でギリギリな楽曲ということです。ショパンピアノソナタ2番第1楽章は月光ソナタ第3楽章より幾分ラクではないかと思います。このレベルの曲を弾いていくか、もう少し難度を落としたところを弾くかはちょっと悩ましいです。

ベートーヴェンで少し難度を落としたソナタが悲愴、葬送、13番になります。悲愴ソナタは月光より2ランクくらい難度が低いと感じます。全楽章暗譜で弾けるようになっておきたいと思っています。技術的には有名な第2楽章が地味に大変なんですが、現時点で全楽章通して弾くことはできます。
葬送ソナタ(12番)は20年ほど昔に弾いているのですが、あまり良い演奏ができなかったのでやり直したいです。幻想曲風ソナタ(13番)は好きな曲です。ただ昨年第1楽章だけ譜読みしたときはまだ少し厳しい感覚がありました。これも改めて譜読みをしたら第1楽章はかなりスムーズに弾けるようになっていましたし、第2楽章以降もなんとか弾けました。特に2・3楽章は聴いた印象よりかなり演奏容易でした。第4楽章が少しむずかしいですが、それでも月光より1~2ランク難度が低いと感じます。
その他ではバガテルを弾いてみたいなと思っています。

自分はADHD気味なところがあって一つの物事を根気よく続けることができない人間なのですが、月光第3楽章は2年近く弾き続けていて本当に粘り強いなあと感心しています(笑)