ミッシャ・マイスキー チェロ・リサイタルの巻

所沢ミューズ・アークホールにて。

プログラム
感想

超一流の個性。ありえないほどユニークな演奏解釈なのですが、音楽を完全に把握しきっているのでちぐはぐなところが全くなく、とても説得力がありました。アーティキュレーションもフレージングも自由自在、もちろん音色や強弱変化も自由自在で非常に幅が広いです。特に音色はすごくて、ふわりとした軽い音からズシリと響く重低音まで無限のパレットを使い分けてました。一見すると即興的なスピード感でクルクルと表情が変化する気まぐれな演奏解釈に思えるのですが、実はしっかり構成を読みきった設計がされていて、全体として見通しの良い流れを作っているので、リスナーが置いてきぼりにされることもありません。「同じパッセージは二度と同じように弾かない」が基本なのに、各曲には一貫したコンセプトと流れがあるのです。なので、ちょっと聞いた感じだと好き勝手に自由に弾いているようですが、6曲単位でのまとまり感も十分に感じられるのです。テクニック的には共鳴の使い方がうまく、チェロのソロなのに3声に聞こえる場面があちこちにあって新鮮でした。魔法のような音響テクニックです。
第1番はかなり高速テンポの演奏で、いわば「早口言葉」のような状態。1回のボウイングで2小節くらいまとめて弾いてしまう場面もあり、若干フレーズの終わりが不明瞭になる場面もあったりしてどうかと思いましたが、愉悦に満ちた、という形容がぴったりの演奏でした。第3番はハ長調ということもあっていくぶんどっしりと構えたものの相変わらずテンポは速く、特にブーレーは攻めに攻めまくっており迫力満点でした。第5番は別世界。この人、短調の方がいいんでしょうね。1音1音の説得力がさらに向上しています。音数の少ないアルマンドでは会場が静まり返ってしまうほどの濃密さ。ガヴォットに込められた深い哀切の表現も素晴らしく、ちょっと泣けてしまいます。アンコールは予想通りニ短調から2曲。まあ、このサラバンドが聴きたかったという人もいるでしょう。
言っておくとすれば、まだマイスキーの生演奏を聴いたことがない人は、今のうちに聴いておくべきということです。マイスキーに続く世代にも素晴らしい演奏家は大勢いますが、あまりにも格が違う。どうしようもない天才がこの世にはいるというのをイヤというほど思い知らされます。これはピアニストにも言えて、キーシンやガブリリュクも素晴らしいのですが、やっぱりプレトニョフは段違いなんです。マイスキーのチェロの凄さは生演奏でないと伝わらないので*1、ちょっとでも興味を持った方はぜひ聴いてみてください。ほとんど毎年のように来日していますので、チャンスはいくらでもあると思います。

*1:共鳴制御の確かさ、音色変化、最低音部の深み、どれも録音ではスポイルされてしまいます。