第4回:調性から見るショパンエチュードOp.10とOp.25の全体像の巻

作品10

最初に結論を書いてしまいますが、この曲集は平均律集を目指したけどうまくいかなかったので、なんとか連続演奏だけは達成した、というところだと思います。つまりop.10はバッハの平均律集と同じように長調短調の2曲ペアを連続して構成する予定だったと思いますが、7番と8番が長長ペアになってしまって計画通りにいかなかったのではないかと推測します。
下記のデータは誰でもすぐ気づくことですが、ショパンの失敗に関して論じている人が少ない(いない?)ので改めて書いておきます。

順番 曲調対比 調性 調関係 1つ前との関係 コンセプト合致
1−2 大アルペジョ vs. 半音階。 ハ長調イ短調 平行調 なし ( ゜д ゜)ウマー
3−4 遅いカンタービレな曲 vs. 速い常動曲 ホ長調嬰ハ短調 平行調 長3度上 ( ゜д ゜)ウマー
5−6 軽快な2拍子舞曲 vs. 遅く鎮静的な曲 変ト長調変ホ短調 平行調 長2度上 ( ゜д ゜)ウマー
7−8 トッカータ vs. ツェルニー的アルペジョ ハ長調ヘ長調 下属調 減5度 (+д+)マズー
9−10 憂鬱な旋律 vs. 優美な旋律 ヘ短調 ⇒ 変イ長調 平行調 4度上の短調 ( ゜д ゜)ウマ?
11−12 ハープの模倣 vs. またしてもツェルニーの模倣 変ホ長調ハ短調 平行調 長1度下の長調 ( ゜д ゜)ウマー

このような状態で、2曲ずつ長短の順で平行調カップルになっていますが、7−8で関係が崩れてしまいます。どうしてこうなったのでしょうか。なぜ8番をイ短調で書かなかったのでしょうか。これに関してはショパン先生を小1時間問い詰めたいところです。
7番にも原因の一端があります。よりによって5番に対して減5度。最悪の関係です。6番は最後に転調して変ホ長調で終わるため、7番を変ロ長調で開始すれば連続演奏的に容易につながります。しかし7番をハ長調で書いてしまったため、素直にはつながらなくなってしまいました。
ここでショパンお得意の音符読み替え技が炸裂します。変ホ長調トニカの第3音=ト音で終わらせて(おそらく7番につなぐために意図的にト音で終わらせた)、これをそのまま7番ハ長調の属音に読み替えて接続します。ちょっと強引ですが、つながるからまあいいか、という感じですね。そこから9番へつなぐために禁を破って下属調ヘ長調の8番を書いたと思われます。せっかく長短組み合わせでペアを作っていたのに、ここにきてすべて台無しです。ショパンエチュードのCDを聴いていると、まず7番で軽く違和感を覚え(ハ長調はないでしょ変ロ長調変ニ長調でしょ、みたいな)、さらに8番が始まるときにそこまで続いていた長 ⇒ 短のペアが崩れるので強烈ないかりや長介感(ダメだこりゃ!)が漂ってしまいます。この先は9−10が短 ⇒ 長になって長 ⇒ 短関係も破綻してしまいます。いまさら悔やんでも仕方ないことですが、平行調ペアを長短の順に並べて連続演奏、という初期コンセプトを最後まで貫いてほしかったと思います。
ということで、平均律集へのオマージュは失敗どころか盛大な自爆に終わったものの、なんとか連続演奏できる形で12曲がまとまり、音楽史上最初の演奏会用練習曲集として成立しました。よかったですね(棒読み)。だからいいんだよもう!と投げやりな感じで革命のエチュードが終わっているように聞こえるのは、わたしの気のせいでしょうか?

作品25

op.10で懲りたので長短組み合わせコンセプトは無視して、とりあえず連続演奏を重視した形になりました。そのかわり、1曲ずつの独立性を高めて、練習曲といえども個々の曲の完成度を追求しています。
op.10で見られた強引な接続はなく12曲が調性的な関連性を利用して見事な数珠つなぎになっているので、連続演奏したときの流れのよさが素晴らしいです。インターネット上で「op.25の方がop.10よりも各曲の調性的つながりが薄い」とかおかしなことを書いている人がいるのはかなり困ります。「それ違います」というメールを送ってしまおうかと思いました。みなさんも和声はちゃんと勉強しましょう。
というわけで、ちょっと読みずらいですが、和声関係を一気に列挙します。

1:変イ長調2:ヘ短調平行調) ⇒ 3:ヘ長調同主調) ⇒ 4:イ短調属調平行調) ⇒ 5:ホ短調属調ホ長調終止) ⇒ 6:嬰ト短調下属調平行調) ⇒ 7:嬰ハ短調下属調) ⇒ 8:変ニ長調同主調) ⇒ 9:変ト長調下属調) ⇒ 10:ロ短調(前曲の同主調=嬰へ短調下属調。前曲の終止音の変トを嬰ヘに読み替えて、嬰へ音から開始。エンハーモニックつながり。) ⇒ 11:イ短調下属調下属調=ドッペルサブドミナント) ⇒ 12:ハ短調平行調同主調

9番 ⇒ 10番 ⇒ 11番 ⇒ 12番、この怒涛の連続に痺れます。この4曲は絶対セットで作曲してます。12番、大洋のエチュードが始まる瞬間のカタルシスがハンパないです。そして最後はハ長調=作品10の第1曲と同じ調性に転調して堂々と終わる!カックイイ〜〜〜〜!!
「計画通り(ニヤリ)」というショパン先生の顔が思い浮かびますね。

     

総括

でも、op.10は計画倒れに終わってるからそれほど自慢できないはずですね。それにいくらなんでもこんなに悪い表情じゃないと思います(笑)。「計画通り」で画像検索するとこればかりなのでつい(汗)。
そもそも黒鍵のエチュードなんか書かなきゃよかったんだよなあ。コンセプトと無関係な遊びをするから流れを壊すんじゃヴォケ、という感じです。ショパン先生も後悔してたっぽいけどね。前奏曲集でリベンジしたからいいようなものの、です。
練習曲集は「難しすぎて弾けない」とか当時のピアニストやピアノ教師が言ったらしいけれど、自らの下手クソぶり(というかピアニズム的な応用力の低さ)を露呈しただけではないかと思います。あとop.10の瑕疵に関しては音楽学者から「より一層の研鑽を求める」とか言われてました。まあ当然かと思います。フランツ・リストハンス・フォン・ビューローがこの練習曲集を絶賛したので、その影響がずっと残って21世紀でもこの曲集を神聖視する人が多いですが、それは買いかぶりすぎというもの。
最後にもういちど結論:op.10の全部がダメってわけじゃないけど、ショパンにしてはちょっと失敗作よね。

おまけですが、フランツ・リストショパン前奏曲集を真似して全ての調性を揃えた練習曲集を書こうとしました。つまりショパンエチュード超えを狙ったのですが、12曲(ちょうど半分)で挫折しました。なかなか愉快な逸話だと思います。調性の順番が前奏曲集の逆回りなのがかっこいいと思います。リストのショパン愛はとどまるところをしらないな(笑)。この練習曲集はもちろん、「超絶技巧練習曲 S.139」として世界中で演奏されていることはもういうまでもありません。
練習曲集を作るのって、難しいんだね!ドビュッシーはよくがんばったね!偉い!!