シン・ゴジラは、鷺巣さんのインタビューによると当初は劇伴をそれほど使わない予定だったそうですが、結局かなりの曲数が使われることになりました。このエントリでは、そういった背景を含めてシン・ゴジラの劇伴について、つらつら書いていきます。曲全体の調性表記は日本語にしますが、随時コード表記も交えます(笑)。全体的にネタバレするのでご注意を。なおこれを書いている時点で本作品は7回鑑賞しております。
メリハリの付け方
東宝ロゴ→ドーン、ドーン→タイトルロゴ(ゴジラの声)→映倫マーク(ドーン)。この部分がサントラ(音楽集)に入ってるので、劇伴として扱わないといけないのかなあという気もしますがそれは置いておくことにします(笑)。このあと蒲田に上陸するまで劇伴が一切使われず、「え?蒲田に?」→カットチェンジで蒲田の状況に移った瞬間に、サントラ1曲め「Persecution of the masses / 上陸」が始まり、けっこう長時間流れます。これと同様の演出はその後もあるんですが(タバ作戦失敗後にゴジラが都心に向けて進む間、サントラ12曲め「Defert is no option / 進攻」が延々流れる)、ゴジラさんはただ移動してるだけです。つまり、ゴジラが地上を移動してるシーンは音楽がつく。ゴジラが止まったら音楽も止みます。これが重要で、ゴジラが動いてるだけで音楽が流れるので、当初の予定より音楽の分量が増えのだと思います。あと、進攻であって侵攻でないのも重要です。この日本語標題は、庵野総監督がつけているので、漢字一文字でも意味があると考えるべきです。
ということで、上記のメリハリ感などを踏まえ、ストーリー構成と劇伴の流れを追います。
詳細解説
1.Aパート(ゴジラ出現〜いったん海に戻るまで)
- 蒲田上陸までは劇伴なしで、ドキュメンタリータッチの演出がなされます。
- ゴジラが蒲田に上陸
- サントラ1曲目「Persecution of the masses (1172)/上陸」 ハ短調
Massesとは、ミサのこと。合唱もミサっぽいですが、Aループ+Bループというシンプルな2部構成です。A部の冒頭から鳴ってるピアノのシーケンスフレーズが3連っぽいので拍子がわかりにくいですが、鷺巣先生は親切だから、リピートするときにアクセントを付けて「ここがスタートですよ」と教えてくれます。なお、このフレーズにはすでにゴジラのテーマ(この楽譜だと赤く記したミ♭レド)が潜んでいます。
B部になると下記の息の長いメロディが合唱で歌われます。このメロディもゴジラのモチーフ由来で、合唱が歌わなくなっても弦楽器が延々と演奏をし続けて、最後はこのパッセージが徐々に小さくなって終わります。
- サントラ1曲目「Persecution of the masses (1172)/上陸」 ハ短調
- ゴジラが第三形態に進化
- 木更津のヘリコプター部隊出動
- サントラ3曲目「11174_rhythm+melody_demo/対峙」 ニ短調→変ニ長調(便宜的表記)
いつものデンドンデンドン(音程で言うとレラレラレラレラ)とはフレーズが違います。ティンパニを減五度音程差で打ち鳴らすという、非常にアヴァンギャルドなパッセージから始まります。減五度はルートがわからないので、無調っぽい響きになるのが特徴です。中盤以降は、とにかくディンパニがD(レ)を連打してるのですが、最後の和音の畳み掛けで半音下がって変ニ調に転調します。すごい。
このときは、自衛隊はなにもしないで退却して、ゴジラも自衛隊の様子をじっと観察しているだけです。なお、この曲は最終決戦で使われる「Under a Burning Sky」と同じ要素から成り立ちます(下記譜例)。今回は、これが自衛隊のテーマと言っていいと思います。
- サントラ3曲目「11174_rhythm+melody_demo/対峙」 ニ短調→変ニ長調(便宜的表記)
2.Bパート
- ゴジラが去って平静を取り戻す東京
- サントラ4曲目「Early morning from Tokyo (short)/報道1」 ハ短調(
この曲は、ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破で使われた「太陽を盗んだ男」のBGM「YAMASHITA」と同じ役割で、流れる映像も全く同じで中学生と思しき生徒の登校シーンも挿入されます。ただし音楽そのものは、Gm7/C → A♭M7/C → Fm69 → Hm7-5/G*1 という8小節のループとメロディを3回繰り返しているだけの、非常にシンプルな曲です。ループなので、1回聞いただけで耳に残りますね。
- サントラ4曲目「Early morning from Tokyo (short)/報道1」 ハ短調(
- 海に去ったゴジラを捜索
- サントラ5曲目「11174_light_edit_demo/索敵」 ニ調
タイトルのとおり、サントラ3曲目「11174_rhythm+melody_demo/対峙」のバリエーションですが、D(レ)の音をガンガン鳴らして最後もレを強打して終わるので、はっきりと二調(ニ短調)を印象づけます。これが割と大事で、調性が動かないことで事態が動かない=何にも手がかりが掴めないことを表現していて、最後に「何にもわかりませんでした!」で終わってるわけ(笑)。
- サントラ5曲目「11174_light_edit_demo/索敵」 ニ調
- 巨災対結成
- Personal Service!!
- ゴジラ再登場
- サントラ8曲目「ゴジラ復活す/「キングコング対ゴジラ」/再上陸」 イ短調
ここでゴジラが顔を表すときは、旧作の曲を出すというルールが確定します。
- サントラ8曲目「ゴジラ復活す/「キングコング対ゴジラ」/再上陸」 イ短調
- 第四形態だ!
- タバ作戦
- サントラ10曲目「Black Angels (Feb_10_1211)/作戦準備」 変ロ短調
名曲。エヴァQの「Betrayal(3EM25)」に近い曲で、使われるタイミングも似ているので、あの曲みたいに、という庵野さんのオーダーがあったかもしれないです。「作戦準備」は庵野さんがつけたタイトルですが、鷺巣さんは自衛隊とゴジラの両方をイメージして作ったと推測します。
まず冒頭の金管楽器によるパッセージ。下記譜例のように3度上がって半音下がります。このパッセージは、最後の最後で思わぬ形で登場するので覚えておいてください。
そのあとの合唱のメロディは半音階主体で、4小節かけて上がってから、4小節かけて下がります。下がる部分はクラシック音楽的に受難のモチーフと捉えることも可能です。 - サントラ11曲目「Fob_01/タバ作戦」 変ニ長調→ハ短調
Black Angelsと同じパッセージで始まりますが、より意思の強いファンファーレになっていて、いよいよ総力を上げた攻撃となることを印象づけます。つまり「俺達はやるぜ!」という意気込みをもって始まるんですが、いきなり敗色濃厚なことが伝わってきます。
さらに中盤以降、下記のパッセージが延々流れ続けるんですけど、とても勝てる気がしないメロディですわ。
最後はダメ押しでこのパッセージをフォルティッシモで演奏して「負けました!」と宣言します。無念。
- サントラ10曲目「Black Angels (Feb_10_1211)/作戦準備」 変ロ短調
- 何事もなかったように、粛々と進むゴジラ
- サントラ12曲目「Defeat is no option (1197)/進攻」 ハ短調
進攻を続けるゴジラに対して打つ手がない日本政府。時を刻むような弦楽器が、米軍による空爆が近づくことを予感させます。この弦楽器は音域が密集したマイナー系の和音で、なおかつ半音階で動くので不安感を煽る効果があります。
中盤以降は、刻みに呼応して対位法的な動き方をするヒステリックな旋律が入ってきます。この旋律は弦楽器で演奏されたあとに、合唱がカノンで追従するので、エコーのような効果をもたらします。オーケストラと合唱が同じメロディをカノンで演奏することで、機械的で淡々としたニュアンスだけでなく、広がりのある世界観を表現しているのが素晴らしいと思います。また、それを表現するために、次第に弦楽器の低域が増強されていくのがポイントで、重苦しいハ短調の調性もあって、どんどん圧を増していく様子が見事です。
こういうループ系の曲は、延々ループで押すか、あるいは変化をつけるかが重要な分かれ道になりますが、シン・ゴジラでは繰り返しの中で変化をつけるようになっています。これは、ただひたすらループを繰り返す曲が多かったヱヴァンゲリヲン新劇場版:Qとは好対照といえます。そのようになった理由は、もはやいうまでもなく、エヴァは繰り返しの物語であり、シン・ゴジラは少しでも前に進もうとする人の意思の物語だからです。なので、シン・ゴジラがエヴァっぽいという評価や感想はあくまでも表面的なことであり、根本的な物語はむしろ真逆だと思います。それを劇伴が如実に表現しているといえます。
- サントラ12曲目「Defeat is no option (1197)/進攻」 ハ短調
- 米軍の攻撃とゴジラの反撃
- サントラ13曲目「Who will know (24_bigslow)/悲劇」 イ短調
この映画を見た多くの人が強く印象に残ったであろう名曲です。この曲も4小節メロディのループで、オーケストレーションに変化をつけています。
- サントラ13曲目「Who will know (24_bigslow)/悲劇」 イ短調
3.Cパート
- ゴジラ進攻停止
- 巨災対、再始動。
- サントラ15曲目「EM20_Godzilla/再始動」ホ長調
ピアノとフルオーケストラが力強く演奏するEM20です。 - サントラ16曲目「EM20_CH_alterna_01/巨災対」 ホ長調
驚きのエレキギターバージョン。どんどんフリーダムになっていくと同時に、ストーリーも「そんなのありかよ」みたいな方向にw - サントラ17曲目「EM20_CH_alterna_03/報告」 ホ長調
ヤシオリ作戦の準備も整ってきて、勝てそうな雰囲気がしてきたので非常に力強いEM20になります。 - サントラ18曲目「EM20_CH_alterna_04/共闘」 ホ長調
ワカチョコギター+スラップベース+ラテン・パーカッションで始まって、ディストーションギターカッティングが締めるという、ちょっとプログレっぽいアレンジが最後です。
- サントラ15曲目「EM20_Godzilla/再始動」ホ長調
- ヤシオリ作戦発動
- ひみつのくすりの投与(第1回)
- ひみつのくすりの投与(第2回)
- サントラ21曲目「Under a Burning Sky (11174_orchestra)/特殊建機第2・3小隊」 ニ調
これもどうでもいい話ですが、この映画の序盤は「ナントカカントカの会議(第1回)」だらけなんですけど、第2回以降は開かれていたのでしょうか(たぶん開かれている。省略されてるだけ)。これはクライマックスの曲ということで、最後はカオス状態になりながら、すべての楽器がD(レ)の音に収束します。最後で一瞬メジャー終止になるかと思わせて、Dしか鳴らさないのでメジャーかマイナーかわからないのがいいですね。ゴジラは凍結できたけれど、決してこれで大団円というわけではないのです。
- サントラ21曲目「Under a Burning Sky (11174_orchestra)/特殊建機第2・3小隊」 ニ調
- ラストシーン:好きにすれば?
- サントラ22曲目「Omni_00/終局」 変イ長調
前半は短三度下がって半音上がるメロディから成るコラール(下記譜例)を、5回繰り返します。
全部メジャーのトライアド和音です。ここまでさんざん減五度やテンションコードで緊張感を煽られてきたのでホッとしますね。短三度下がって半音上がるのは「Black Angels」のイントロを反転させた構造ですが、和音のトップがファ・ミ・レと下がるのはゴジラのモチーフと考えてもよいかもしれません。なお、5回の繰り返しは毎回編成が違っています。まずシンセサイザー(このシンセサイザーの機種がわからないがすごく良い音色)から始まって、シンセ+混声コーラス、木管+コーラス、金管(ホルン中心)、そこにトランペットとスネアが加わり、・・・そしてフルーケストラが演奏する変イ長調のゴジラのモチーフに解決するときの安堵感が素晴らしいです。*2そう、実はこの最後のメロディこそ、ゴジラのモチーフ(ドシラ)が長調になったものです。わたし初回でそれに気付いたので、もうここで号泣するしかなかった!
このドシラも4回繰り返されますが、こうして楽譜にするとタイミングをいろいろ変えて、変化をもたせているところが心憎いです。
- サントラ22曲目「Omni_00/終局」 変イ長調
まとめ
以上まとめると、鷺巣先生らしいアヴァンギャルドな感覚を生かしつつ、伊福部先生のゴジラのモチーフを随所に引用して、過去作との統一感にも意識をはらった素晴らしいサントラということができると思います。終曲の「Omni_00」は、最後のハープの駆け上がりがカヨコに投げたブーケで、トライアングルはヒロミに捧げただなんて、キザすぎでこっちが恥ずかしくなるようなことをCDのライナーに書いてますけど、わたしは4回連続するドシラで、矢口、赤坂、泉、そして最後に牧教授の顔が見えたような気がしました。この順番にはもちろんちゃんとした意味と理由があるんですが、それはナイショにします。「このフレーズは何を表現しているのかな?」と深読みして音楽を聞くのは楽しいものです。自分は最近ようやくそういう味わい方をできるようになりましたが、このシン・ゴジラのサントラも、そういう仕掛けがたくさんあると思います。