ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破の演出についての巻

はじめに

ヱヴァンゲリヲン新劇場版を序、破と見てきて、破の演出のグレードアップぶりに驚いたので少し書きます。ネタバレがいやな人は読まないでください。

「繰り返しの物語」

庵野総監督の言う「繰り返しの物語」が演出上でも生かされていた。庵野氏の作品にアニメや特撮へのオマージュが満載なのはいつものことだが、今回はエヴァンゲリオン自身からの引用やリフレインが多かった。これはバック・トゥ・ザ・フューチャースターウォーズなど三部構成映画によくある演出なのだが、エヴァの場合はちょっと変わっている。リフレインの中で差異を付けることで、登場人物を印象付ける演出が効きまくっていた。ちょっと例をあげてみる。

  • リフレインとは言うものの、アニメで「バンク」と言われる手法(全く同じセルを使いまわす)はあまり使われない。つまり、絵は新たに描きおこしている。ここに今回のこだわり(単なるリメイク、リビルドでは済まさないという心意気)が見て取れる。
  • タイトルカット後の序盤シークエンス。ミサトの運転するクルマでネルフ本部に向かう、というシチュエーションは「序-1.11」と同じである。序・破どちらにおいてもミサトがシンジを揶揄することで、ミサトの幼稚さを強調している。1.11でこのシーンにカットが大幅に追加されたのは、「破」との対比上非常に意義が大きい。
  • そのミサトのクルマがまたしてもベッコベコに壊れるのはもはや伝統芸能の域だろう。
  • アスカとストローのシーン。ここのポイントも、ビールを飲むミサトのアップからの一連のシークエンスとして「序」のリフレインになっている。コミカルなお色気シーンだが、最後に飛び蹴りを加えることでアスカの気の強さを印象付ける。*1ビールを飲むミサトは「序」のバンク。なおビールをゴクゴク飲むミサトはTV版でも何度もバンク利用されている。
  • シンジの登校風景。これも「序」と全く同じ歩道橋の構図から始まり、シンジ君は最初の1秒は序と同じちょっと憂鬱そうな顔をしているのだが、すぐ表情が明るくなる→歩道橋下で3バカトリオ集結→元気に登校、となる。ほんの数秒で、日々の生活は最初から変わらずに続いているが、人間関係は良い方向に変わっているよ、ということを表現した。ちなみにこの直後の街の風景(文房具屋)のカットも序のリフレイン。
  • 「マリ、来日」のシーン。ここも一連のシークエンスで「序」のリフレインとなっている。学校の屋上で一人で寝っころがってSDATを聴いているシンジ君(最初のアップの1枚だけ序のバンク。SDATはいつものように25〜26のリフレイン)〜マリが来て(新たな展開)〜マリが走り去りシンジ君だけが残される(序と同じ構図・タイミング)。序では綾波がやっていたことをマリにやらせている。マリは登場シーンが少ないので、挿入された新たな展開の部分は、マリのキャラクターを観客に印象付ける上で非常に重要である。
  • その後のネルフ本部内のシーンでSDATが27曲目の再生をしようとして、故障する。ここは「破」の中で最も重要といってもよい場面だ。要はマリという異分子が挿入されたことで、TV版から延々と続いていたリフレインがついに破綻したのである!!(な、なんだって〜)
  • 夜の綾波の描写。いつも工事現場→マンション内、というシークエンスになっている。最初のシーンはゾッとするほど怖い。暗い部屋の中で、リツコからもらった薬をガサゴソする効果音だけが響く虚無感、孤独感。TV版末期の展開を思い起こす、エヴァらしい痛い演出である。*2
  • やはり夜に包丁を持つ綾波。このカットは、TV版24話でセントラルドグマに降下するカヲル&エヴァを睨みつけるシーンの原画に包丁を書き加えたもの(笑)。あの原画をこんなシーンで引用するなんて、どうかしてる。マジなのかギャグなのわからん←綾波は大真面目なのだが、他人から見るとギャグ、というオチ。
  • 食事シーンが繰り返される点には少々違和感を持った。零号機捕食の伏線としては良かったけれども、綾波ばかりかアスカまでを餌付けで懐柔するとは思わなかったので。*3綾波は「序」で見せた変化の延長線上と捉えればそれほど違和感はないものの、アスカの心情変化はもうちょっと説得力のある展開が欲しかった。ただしそれをするには絶対的に尺が足りない。そこで、新劇場版がTV化されたらおもしろいな〜、なんて邪念が浮かんでしまった。
  • 「今日の日はさようなら」と「翼をください」。100分の中で同じことを2度くりかえすのは勇気がいる。正直なところ「翼をください」が始まったときは、またかよ、と思った自分がいた。ただし展開されるストーリーがくぁwせdrftgyふじこlp;@な内容だった上に、次に述べるようにアレンジがすごかったので感動したけど。
  • その「翼をください」のアレンジ。最初のサビで「甘き死よ、来たれ」に近いリズム・セクションが入るので、「まごころを、君に」を覚えている人には複雑な感覚を思い起こさせる。あのときとほぼ同じ絶望的状況から、愛と涙が炸裂する感動の大団円に至るとは誰が予想しえただろうか。*4
  • ほかにも首締め初号機や、ネルフ本部での地団駄初号機、ゼルエル内の無数の綾波、など「まごころを、君に」のリフレインが多く見られる。これらは否定されることが多く、積極的に旧作との違いを打ち出している。

エヴァという作品は、特にTV版が低予算だったため、どうしてもバンクや止め絵が多くなってしまい、苦肉の策として「これは演出だからね!」というノリを持ち込んでいたように思う。新劇場版(特に破)は予算が潤沢だったようで、伸び伸びと制作されたことがうかがえる。

音楽について

庵野総監督は音楽にも相当に深く関わっており、今回それを強く印象付けるシーンがたくさんあった。以下に例をあげてみる。

  • 基本的に、BGMの音量バランスが大きい。この音量はおかしいだろ、というシーンがあちこちにある。マヤ出勤シーンとか。
  • 足が長くなったマトリエル(笑)出現シーンを打楽器だけで開始したのは偉い。抜けの良い青空の絵と、暴力的なパーカッションの対比が素晴らしい。
  • 彼氏彼女の事情」の曲を大量に、しかも重要なシーンで使った。これは「過去作品からの引用」の音楽版といえる。
  • その一方で、序ではテーマ曲といってよいほどあちこちのシーンで使われた「ハリネズミのジレンマ」が全く出てこなかった。ハリネズミのジレンマはシンジ君の心境そのものであり、それを使わないことでいままでのシンジ君とは違うよ、ということをはっきり提示していたように思う。
  • 「今日の日はさようなら」が始まったときのイヤ〜な感じは忘れがたい。「トップをねらえ!」最終回のハレルヤとは逆方向のベクトル。
  • だからあそこでタナトス流すのは反則。TV版19話はシリーズ中でも最高傑作といわれる回だが*5、今回の映画はそれに加えてTV版23話が含まれたような展開なので、本当に涙が止まらなくなる。
  • 庵野氏がミックスダウンで楽器のバランスを決定している。「翼をください」のクライマックスでひときわ輝くトランペットの素晴らしいフレーズが浮き上がり、感動をいっそう盛り上げるのだが、庵野氏の「ブラス上げて」の一言があった模様。大正解です。
  • というわけで、庵野ロジックおそるべし。今回のサントラは何度もオーケストラのセッションを重ねたり、アレンジを追加したり、お金と手間をかけすぎのように見えるのだが、解説を読むと、どうやら昨年末あたりに庵野氏からリテイクが出ている。庵野ロジックとは、画面の密度が高い→音の密度はもっと高く、ということ。画の仕上がり状況を把握して、音楽のグレードアップが必要と判断を下したのであれば、それは素晴らしい判断だ。
懺悔
  • サントラを聴いていていろいろ思いついてしまい、こんな長文を書いてしまった。反省はしていない。
  • というか、エヴァ+解説というキーワードで訪問する人が増えているのにまともな解説がないのはまずい、という思いがあった。
  • 現時点で破の視聴回数は4回。

*1:お盆が邪魔

*2:ここからポカポカに至るなんて誰が想像する?

*3:餌付けしただけでなくいろいろな積み重ねはあったのですが

*4:いや、まだ終わってないんだけど。

*5:先日観なおして、あまりの完成度の高さに驚いた。

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破が傑作だったの巻

はじめに

ネタバレがいやな人は読まないでください。

総括

とにかく力強い。力強くポジティブなメッセージが全編から伝わってきます。そしてどこか暖かい。特に、オトナの皆さんが卑怯じゃなくて、精いっぱい頑張っているのが感動的です。単純にキャラ萌え(&燃え)で観ることもできます。

以下、感想をランダムに。
  • 今回も戦闘シーンだらけなのですが、その合間の日常生活シーンがいちいち秀逸で心が暖かくなる。この映画で「心が暖かに」なんて感想を書く日が来るとは誰も予想しないでしょう。
  • 「序」で厚かましいカンジだったミサトさんは、相変わらず厚かましいイメージでスタートするのですが、徐々に変貌するのがいいです。
  • 加持さんもたまらない。旧作でも良い感じでしたが、今回ものすごく魅力的な大人キャラになりました。
  • っていうかゲンドウさんすら歩み寄るなんて!(そのかわり冬月先生がちょっと怖い)
  • レイもアスカもマリもみんな可愛くてたまらない。なにこのいとおしさ。
  • 「人生って悪くないよ!世界って素晴らしいよ!」と、加持→シンジ、ミサト→アスカ、と2回繰り返すのは力強くて、すごくいいです。
  • THANATOSの涙腺破壊力は異常。「今回はタナトス流れないだろうな」と思っていたので、始まった瞬間に号泣してしまった。やべ、こんなところで泣いてるの自分だけだろ、と思ったら両隣を含めあちこちで一斉に号泣。この曲で泣くのは旧作を知ってる人ですよね。
  • 「私が死んでも代わりはいるもの」「代わりなんていないっ!」綾波の代名詞ともいえるセリフを即座に全力で否定するシンジ君にも号泣。みんな10年前にこれが聞きたかったんだよ!よく言ったシンジ!!
  • 終盤の「このままEOEにもつれ込んじゃうの?」という不安感を抱かせる演出がたまんねえ。
  • そしてラスト、「序」に引き続き美味しいところを一人でかっさらうカヲル君(笑)。
  • テーマは「愛」でいいですよね。
  • 次回は、レイ、アスカ、カヲルによるシンジ君争奪戦になりそうです。
懺悔
  • 今日1日で3回も観てしまいました。

新・エヴァンゲリオン解説:第2回 加持さんのやってたこと

ネルフ・ゼーレ・政府(国連)の三重スパイという設定の加持さん。ですが、実は視聴者に対してこの3者がそれぞれどのような立場にあるのかを説明してくれる解説者の役割というのが一番重要だと思います。狐(ネルフ)と狸(ゼーレ)の化かしあい、それに翻弄される政府、という図式ですね。

物語の中での加持さんの立場
  • スパイというのは仕事上の役割であって、実際問題としては、3者の間で情報収集して、最終的には勝ち馬に乗るのが加持さんの最大の目的です。
  • なぜ勝ち馬に乗る必要があるかというと、加持さんのトラウマとなった出来事*1を払拭するだけの達成感と満足感を得たかったからです。つまり、エヴァの登場人物に共通する喪失感の補完という要素です。他の登場人物は、喪失感を補完するために妙な方向に突っ走ってる人が多いのですが(笑)、加持さんは仕事の中で達成感を得ようとしているという点では真っ当な社会人と言えます。
加持さんの行動時系列
  • 大学時代にミサト、リツコと会う。ゲヒルン関係に就職することにしたのはリツコ経由の情報でしょう(リツコの母はゲヒルンの重要メンバーですから)。
  • わりと早期に、セカンドインパクトを起こしたのがゼーレだと気づき、日本側の中枢(ゲンドウ)と接触を持ったと思います。
  • アスカのお目付け役として帰国するタイミングを利用して、ゼーレ本部からアダムのサンプルを拝借。これ、かなり危険です。(加持さんが殺された第一の原因はコレ。)
  • ところが日本側(ネルフ)も怪しいことをいろいろやっていました。その際たるもののマルドゥック機関について調査し、これがぜ〜んぶネルフのダミー会社であることを突き止めます。
  • ゼーレだけじゃなくネルフもやばいよってことで、政府の方からいろいろ調査が入ります。例のネルフ本部停電も、実行犯は加持さんではありませんが、一枚噛んでいることは確実です。
  • そうこうしているうちに、ゲンドウさんたちがどんどん暴走します。エヴァ初号機は使徒を喰ってS2機関まで手に入れてしまいました。このあたりのエピソードで、ゼーレはゲンドウさんたちの行動を制限することができず、苦慮しまくりです。というか、そのために加持さんを使っているはずなのに役に立たないので、見放しモードに突入します。
  • ゼーレにとっては、見放し=暗殺です。
  • 自分自身に死亡フラグが立ったことを察知した加持さんは、「俺のことを殺そうとしなかったネルフが一番マシ」と判断し*2集めた情報をミサトのために残して、冬月先生を救出して、とにかくその時点でできることを全部やってから、殺されました。偉いです。立派な大人です。

*1:セカンドインパクト

*2:これはウソです。碇ユイがやりたかったこと…エヴァ初号機としてシンジを、ゲンドウを、そしてひいては地球生命そのものを見守る…に共感したのでしょう。

新・エヴァンゲリオン解説:第1回 使徒について

「そのうち続きを書く」といっていたエヴァ解説です。とりあえず新劇場版のことは置いて、旧世紀版の内容に沿って書いていきます。(たぶん、新劇場版でも大枠は変わんないと思うので。)

使徒が1体ずつしか出てこない理由
  • 単体生命だから。以上。
  • ↑これだとすごく不親切なので詳しく解説すると、要はアダム由来の使徒はアダムの魂を引き継ぐ存在なのです。なので、同時に存在できるのは1体だけということになります。
  • 「引き継ぐ」というのが重要なポイントです。新しい使徒が登場するたびにちょっとずつ進化していくのは、以前の失敗を反省しているんです。例えばラミエルですが、直接戦闘で全然エヴァにかなわない→間合いを取ったけどやっぱりかなわない→一定範囲に近づくものは全部敵と見なし排除することに、という進化の結果として生まれています。で、まあいろいろやってとにかくエヴァにはかなわないと。最強の使徒を持ってしても、あっさり一撃で倒された上に捕食されちゃうわけで、ちょっと趣向を変えて、エヴァの中の人に興味を持ち始めるんです。
  • 最終的にはヒトと同じ形態−渚カヲル−へと行き着くことになりますが、カヲル君は漫画版で興味深い描かれ方をします。アルミサエル(二重螺旋の使徒)戦後に、性格がちょっと変わるんです。つまり、アダムの魂が渚カヲルの中に宿ったということなのです。
  • そしてTV版DVD24話の追加シーンにおけるゼーレモノリスとカヲルの会話につながります。「正統な継承者たる失われた白き月よりの使徒、その始祖たるアダム。そのサルベージされた魂は君の中にしか存在しない」この台詞です。
  • ここでちょっと疑問点が出るのは、アダムの魂って勝手に次の使徒の中に宿るのか、それとも誰かさんがサルベージして戻しているのか、という問題です。サルベージされたリリスの魂が綾波に宿っていることを考えると、アダムの魂はゼーレがサルベージしてるんじゃねえの?という推測ができます。少なくとも、渚カヲルにアダムの魂を宿したのがゼーレというのはまず確実でしょう。
「正統な継承者たる失われた白き月よりの使徒、その始祖たるアダム。」
  • この台詞を理解するのが非常に重要なので、詳しく解説します。
  • 失われた白き月:アダムがいた南極のジオフロントのことです。
  • 白き月よりの使徒:エヴァが戦ってきた使徒のこと。
  • 正統な継承者たる使徒:使徒こそが地球にとって正統な生命体であり、人間は地球にとって正統な生命体ではない、という考え方。*1
  • つまりゼーレは、アダムこそが正統な生命の始祖と見なしています。
渚カヲルの死後のゼーレの変貌
  • 漫画ではきちんと描かれています。「死海文書のとおり全ての使徒はいなくなった。だからもうアダムや使徒には頼らず、自分自身の手で補完を行うしかない。」という宣言ですね。この宣言から、初号機とエヴァシリーズを使ったサードインパクトに突っ走る経緯が読み取れます。
  • アニメ版では「もはやアダムに還ることは望まぬ」という言葉で表現されています。ここから「ゼーレ自身の手でサードインパクトを起こす」という意味を読み取るのは、なかなか難しいのではないかと思います。
  • 以上のような感じで、アニメ版でわかりにくいところは漫画版が補ってくれるので、理解しにくい台詞があったら漫画版を読んでみると思います。

*1:これがゼーレの基本思想。

エヴァンゲリオン解説最終回:残酷な天使のテーゼ、そして希望

さて、エヴァ解説もいよいよ最終回です。語り残したことも多いのですが、最後にテーマ面からこの作品の方向性を決定付けた主題歌を見たいと思います。タイトルの「残酷」は天使にもテーゼにもかかり、「残酷な天使による、残酷なテーゼ」という意味になります。

残酷な天使
  • 狭義には、エヴァ初号機と一体化した碇ユイのことです。ユイの残酷性は*1、第9回で述べたとおりです。直接的にズカズカものをいうミサトやアスカも一見すると残酷な人たちですが、彼女たちはそうすることで自己主張しているわけで、シンジ君とは共依存に近い関係にあります。*2
  • 広義には自分自身、自分を客観的に見つめるもう一人の自分を意味します。*3
残酷なテーゼ
  • 狭義には「母体回帰か、乳ばなれか。」
  • 広義には「闘わずに逃げてなんとなく済ませるか、たとえ傷ついてでも闘って乗り越えていくか。」
  • 「何もしなくて死ぬ、傷ついても死ぬ、どうせ死ぬならなにもしたくない」という負のスパイラルに落ちる人がいます*4。そうでなくて、「いずれ死ぬのはわかった。それならば、せめて今をせいいっぱい生きてやろう」という考え方をしたいものです。*5
  • 当たり前の話ですが、誰もが後者を選んで大人になっていきます。つまり最初から選択の余地のない命題にもかかわらず、わざわざ選ばせています。しかも痛々しいほどの状況の中で。これが残酷でなくて何なのかと。
希望

ネガティブな心情描写の多い本作ですが、映画版第26話と主題歌においては、ひとすじの光明が描かれます。それを確認して、この解説シリーズを終わりにします。

  • 「希望なのよ。人は互いに分かり合えるかもしれない、ということの。」
  • 「好きだ、という言葉とともにね。」
  • 「でもぼくはもう一度会いたいと思った。その時の気持ちは、本当だと思うから。」
  • 「だけどいつか気づくでしょう。あなたのその背中には、遥か未来を目指すための羽があるということを。」

*1:残虐ではない

*2:いわゆる「キズをなめあう道化芝居〜♪」

*3:自分に対して残酷になれないうちは子供です。

*4:シンジ君は基本的にこっち。

*5:「地球も太陽もいずれ死ぬ→ならばせめて自分は永遠の生命を得よう」というユイの超人的論理とも対比しましょう。

エヴァンゲリオン解説その10:人類補完計画まとめの巻

エヴァンゲリオンにおいて、人類補完計画はゲンドウ、ゼーレ、そしてユイが描いたシナリオを元に進んでいきます。E計画もこれに連動していますので、エヴァンゲリオンのストーリー概略はゼーレとゲンドウとエヴァ初号機を追えば概ね俯瞰することができます。しかしエヴァンゲリオンの描写の中心はシンジ・レイ・アスカのエヴァパイロット+ミサトたちなんですよね。彼らは終盤までゲンドウとゼーレの手のひらで踊らされてるようなものなので、一生懸命追ってもストーリーの全体像はなかなか見えません。注意しましょう。

三者三様の人類補完計画
  • ユイ:自分自身がヒトという生命体がいた証となって、永遠に生き続けたい。たとえ地球や太陽がこの宇宙から消えた後も、ひとりきりでどんなにさびしくても、そしてヒトの形を失ったとしても。(永遠の生命が目的
  • ゲンドウ:人々の、そして何より自分自身の欠けた心を埋めるために、すべての生命と一体化したい。(心のさびしさの補完が目的
  • ゼーレ:偽りの生命として図らずも地球上に繁栄してしまった罪深き人類は、その全滅をもって贖罪し、神の子として生まれ変わらなければならない。(贖罪と神の子への生まれ変わりが目的
ストーリー・ダイジェスト(1)
  • 2000年:アダムコピーの作成。渚カヲルの誕生。セカンドインパクト。予想される使徒に対して、エヴァンゲリオンで対抗する計画が始まる。*1
  • 2004年:碇ユイエヴァ初号機に取り込まれる。(ユイの補完計画第一段階成功
  • 2015年:使徒、次々と襲来。NERV配下のエヴァが主体となって殲滅していく。
    • ユイ:期待通りエヴァ初号機パイロットになったシンジとコミュニケーションを果たす。のちに覚醒し、使徒からS2機関を獲得する(ユイの補完計画第二段階成功)。
    • ゲンドウ:ロンギヌスの槍を確保し、しばらくリリス制御を行うが後に使徒殲滅のために使用し、回収不能とする。また、NERVドイツ本部(=ゼーレ本拠地)から復元されたアダムサンプルを奪いとり、自身に融合する。この段階ではゼーレ主導のサードインパクトは不可能となり、ゲンドウの勝ち…のはずだった。
    • ゼーレ:使徒対策は基本的にNERVに任せ、人類補完計画の準備を優先する。S2機関搭載失敗など紆余曲折はあったものの、エヴァ量産も目処がついた。この時点で復元アダムとロンギヌスの槍が失われており、当初の計画と大幅にずれてきたため、それを修正するため渚カヲル使者としてNERVに送り込み*2エヴァ初号機パイロットを精神的に追い込む。
ストーリーダイジェスト(2)
  • すべての使徒を殲滅した後の行動は、ゼーレの方が速かった。ゼーレは日本政府を動かしてNERV本部を急襲。対人ゲリラ戦に無力なNERVは崩壊を避けられなかった。このことを認識したゲンドウはレイとの融合を目指すが、拒絶される。(ゲンドウの補完計画失敗
  • ゼーレはエヴァ量産機を投入し、エヴァ初号機をよりしろとしたサードインパクトを起こす。初号機パイロットのデストルドーによってロンギヌスの槍が呼び戻され、アンチATフィールドが拡大する。(ゼーレの補完計画第一段階成功
  • リリス=レイは初号機パイロットに共鳴し、アンチATフィールドによってLCL化した全世界の人々の魂とLCLを黒き月へ集中させる。(ゼーレの補完計画第二段階成功
  • サードインパクトの中心にあった碇シンジは黒き月に集中したLCLを元に戻すこととする(ゼーレの補完計画は最終段階で失敗)。
  • リリス=レイと融合した初号機は、必要な遺伝子だけ取り込んで再び分離。拘束具を解き放って宇宙の彼方へと旅立つ(ユイの補完計画は完遂)。
  • 黒き月とともにリリス=レイは崩壊。LCLの海からシンジ、アスカが帰還する。
  • おわり

*1:使徒はゲンドウにとってもゼーレにとっても邪魔という点で利害が一致しています

*2:この段階でゼーレとゲンドウは決裂しています。ゲンドウも理解しているはずですが、必要なアイテムがすべて手の内にあったため慢心していました。

エヴァンゲリオン解説その9:碇ユイ

エヴァの中で最も自分の願いを具現化できた人はだれか?というと、碇ユイになります。すべて計画通りに物事を進められたのは、この人だけなのです。ユイの視点で物語を俯瞰すると、複雑に絡み合ったエヴァンゲリオンのストーリーがすっきりしたものになります。

ユイの生い立ちや考え方、行動内容
  • ユイはゼーレ有力者の娘と思われます。そのため、(裏)死海文書の内容をかなり正確に把握していました。第一始祖民族の意思、つまりアダムやリリスの存在意義も把握していたと考えられます。
  • 生物学者として成長したレイは、碇ゲンドウの野心を利用して自分の望みを果たそうとします。もちろんゲンドウを愛していたとは思いますが。
  • ユイは第一始祖民族の意図やアダムやリリスの存在意義を理解したことで、アダムの覚醒による地球上の全生命のリセット(終焉)を予見します。この終焉は逃れようがありません。しかしここでユイは「リセットされたとしても再起動すればいい」と気づくのです。では、どうやって再起動するか?誰が再起動のトリガーになるのか?という話になりますが、その役割を自分の息子に託すことにします。この辺は貞本版で描かれています。
  • そこからはリセットと再起動に向けて着実に予定をこなします。まず、①積極的にアダムに働きかけてセカンドインパクトを起こして、時間的猶予を作り出します。その上で、②リリスから作られたエヴァ初号機に自ら取り込まれて一体化し、③適当な時期が来たところで覚醒して使徒からS2機関を取り込んで不死化して、④サードインパクトを利用してアダムの遺伝子をも取り込んだ上でリリスと一体化し*1、⑤息子に未来を託して宇宙へと旅立ちます。ここまでで十分に感動的な物語になっていますので、エヴァが髪をなびかせながら去っていくシーンで「終劇」でも満足できますね*2
  • サードインパクトが起きる前に、最優先でシンジを初号機に乗せることでシンジ自身にアンチATフィールドが働かないようにしているのが重要な点です。あそこでシンジ君がやってこなかったらユイさん勝手に動いてシンジを探し出したはずです。
ユイの目的
  • ということで、ユイの目的を単純にいうと自らの不死化=永遠の生命と、子育て・子離れということになります。前者は旧劇場版のラスト前で彼女自身が説明するように、ヒトの姿をなくしても、永遠に生きたい。何十億年たって地球や太陽がなくなって、一人ぽっちになってどんなにさびしかったとしても、ヒトが存在した証として生き続けたい、ということです。そしてもう一つも、その直後のシーンで見られます。つまり自分の息子を、逃れられないインパクトを超えた先にある再生への希望として送り出したい、ということです。これがユイによる人類補完計画にほかなりません。表面的な肉体の形や、さびしさといった感情を超越しているところがポイントになります。*3そのために、エヴァを利用します。
  • しかし、いったんエヴァに取り込まれてしまうと、覚醒するまでは何も出来なくなってしまいます。そのためユイはさまざまな方法で自分の遺伝子を残して、彼らを通してシンジに働きかけようとしました。その結果として、同じ年(セカンドインパクトの年)にユイ+ゲンドウでシンジが、ユイ+アダムでカヲルが、ユイ+リリスでレイが生まれます。
  • このように積極的にヒトと使徒との融合を図っているのがユイの怖いところでもあります。アダムとの融合で生まれたカヲルは、第十七使徒になってしまいました。アダム系列の生命体の役割を考えれば、これは当然の成り行きといえるでしょう。一方、リリスとの融合で生まれたレイも使徒と同じようなものといえます。違うのは、レイがヒトと同じリリス系列の生命体という点になります。そして、レイもカヲルも魂のないダミーを大量生産されていたのです。
ユイの残酷性
  • ユイは確かに優しいですし、ゲンドウとシンジに対して惜しみない愛を注いだと思われます。しかし最終的には自分の目的を優先し、2人の前から姿を消します。これは、もともと愛に飢えていたゲンドウにとって残酷な仕打ちです。しかしユイ本人はそれほど残酷なことをしたという意識はありません。ユイにとってはヒトの身体を捨ててエヴァに生まれ変わっただけなのです。自我と心(=コアと魂)はエヴァ初号機として現にそこに存在しているのです。だから実体が消えてもそれほど問題ないと考えていたと思われます。
  • このことをゲンドウは最初から知っていましたし、シンジも途中から気づいています。しかし頭で理解することと感情は別です。この二人の心を癒すためには、どうしても直接肉体が触れ合える関係でなければならなかったのです。ゲンドウ、シンジよりも自分の計画を重視したユイは、決して聖母のような存在ではありません。慈愛を持って、冷徹で残酷な判断をもとに行動したのです。
覚醒、そして旅立ち
  • シンジがエヴァ初号機パイロットになったことで濃厚な母子関係を取り戻すことができました。しかし、シンジはどんどんエヴァに依存するようになります。エヴァに乗るたびにシンクロ率が上昇していくことがその証明です。最終的にはLCLに溶け込むところまで依存が進行して、ついにはユイが覚醒することになります。
  • 覚醒したユイはさすがでした。リリス=レイのLCLの海の中で優しく親離れを促し、旅立っていきます。前項でユイは聖母ではないと書きましたが、結局このシーンでユイ=初号機も子離れしたという点では神様以前に母親だった、ということになると思います。
まとめ

こんな感じなので、クチの悪い人には碇ユイこそ諸悪の根源などと呼ばれることもあります。しかし、なんとかしてサードインパクトをやり過ごそうとした点は評価できるのではないでしょうか。また、貞本版では自分たちの罪深さをゲンドウに吐露する場面もあり、非常に味わい深いと思います。

※2020/3/24
このページへのアクセスが多いので、貞本版の内容を加えるなどして加筆・修正しました。シン・エヴァンゲリオン劇場版が楽しみです。

*1:ゼーレのいう「贖罪の儀式」がこれ。

*2:このときエヴァの髪がレイと同じ色なのに注目。巨大化したリリスではなく、あくまでもレイと融合しているという示唆です。

*3:ゲンドウの補完計画の目的=さびしさの解消と対照的です。