クリスティアン・ツィメルマン ピアノリサイタル@みなとみらいの巻

モーツァルトソナタはペダル過多というか、残響が過剰な状態で始まりました。きらびやかな音色にセッティングされたスタインウエイで、ホールの残響がかなり長く残るのでどんな風に弾いても甘々なレガートになってしまい、ツィメルマンがイメージしたと思われる天真爛漫な典雅さとはかなり異なった表現になってしまいました。おそらくリハーサル時と音響が変わってしまったのでしょう。ツィメルマン本人も面食らったようで、徐々に修正していきます。それにしても装飾音の弾き方が非常に巧い。絶妙にルバートします。第二楽章はテンポ遅めでロマンティックで濃厚な解釈。終楽章はがらりと雰囲気を変えて元気よく弾きました。終楽章以外ちょっと小さくまとめすぎとも思ったのですが、1曲目としてはまあいいかと。ただし好き嫌いでいうと嫌いなタイプのモーツァルトです(笑)。
悲愴は名演。やってくれたな、って感じで。この人はやっぱりシリアスな曲をシリアスに弾くと良いですね。第一楽章の序奏Graveの重さと第一主題の疾走感の対比、第二楽章の深みのある表現、第三楽章の掘り下げ方など、ちょっと文句の付けようがない。モーツァルトの弾き方とは明らかに違って(すごくノッている)、調子の良いときのこの人の特徴「演奏者は何もしないでピアノが勝手に鳴っているように思える」状態になってました。優れた技術は自らその存在すら消してしまう。音楽の神様が降臨する瞬間ですね。演奏終了と同時にブラボーが。そして前半が終わっただけなのにカーテンコールが2回。まあ当然かと。
休憩をはさんで後半はショパンのバラード4番から。完璧ですが、まるで模範演奏のようで感動せず。ちなみにCDに録音されたよりも若干テンポが速く、流れの良さとディテール表現の確かさが両立する演奏でした。続いてのラヴェル。この人はラヴェルに合ってます。粋な絶対音楽として作った曲を粋に再現しました、という感じでこれまた文句の付けようがない出来。もうちょっとファンタジーとか感じさせてくれると良いんですが、この曲で余計な私情を語りまくるのも無粋だと思います。ラストは現代曲にしてはわかりやすいソナタで(形式感、調性感がある)、ヴィルトゥオジティ全開の力演。すごい難しそうな箇所もドガガガガっとインテンポで突き進む暴力的な力強さが格好よかったです。ちなみにアンコールはガーシュインはともかくバッハは弾き始めた瞬間は何の曲かさっぱりわからなくて「そういえばバッハのパルティータだわ」と気づきました。チェンバロの演奏ばかり聞いてるので、現代ピアノ調律での変ロ長調に違和感を覚えてしまいました。
それで技術的な面でいうと、時間軸のコントロールが凄まじいなと思いました。アゴーギクってやつですね。テンポはそれほど頻繁に変化しないんですが、ときおり時間が止まったように長い間を作ったり、そこから再び音楽が流れ出すときの呼吸のもっていき方などがすごく自然で無理がない。大きな流れだけでなく、細かな装飾音のタイミングなども時間軸の中で制御している感じ。あと打鍵タイミングの正確さ。悲愴の出だしの「ダーン!」という和音など、全部の音が完璧に同時に鳴るので、ものすごいインパクトがあります。ピアノは低域の反応が鈍いので「せーの」で打鍵しても同時に鳴ったように聞こえないことが多いんですね。でもツィメルマンが弾くとドンピシャで鳴ります。おそらく音域別に最適な打鍵速度をコントロールしていると思います。アホみたいに精緻な職人技です。ツィメルマンのCDではリストのピアノソナタでこの技術がイヤというほど聴けますので、興味のある方はどうぞ。