最初に前置きを書くと(ながいです)、この演奏会のチケットが発売されたのは体調最悪時期で、平日のこの演奏会を聴きに行けるとは到底思えなくて、チケット購入を見送っていました。というか、演奏会の日まで生きていられるかどうかすら怪しい状況でした。なので、連れと聴きにいく室内楽だけ買って、あとは知らん振りだったんです。ですが、8月下旬から開始した治療が当たり、予想以上に体調が回復してきました。10月になってサントリーホール・チケットぴあを見ると、11月4日の公演はまだ売れ残ってるじゃありませんか。数日間考えて、やっぱり行くことにしてチケットを買いました。この時点でなんとRBデルタ*1に空席があり、最高の位置を無事ゲットです。そして当日。「この世にいなくて聴けかったかもしれない演奏会」ということで、始まる前から気分的に盛り上がってしまいました(笑)。
- モーツァルト:幻想曲ニ短調 K397
- シューマン:ダヴィッド同盟舞曲集 op.6
- シューベルト:ピアノソナタ イ長調 D959
- モーツァルト:ピアノソナタ 第10番ハ長調 K330 第2楽章(アンコール)
幻想曲ニ短調は「そこまで追い込まなくても」というくらい暗かったです(汗)。ダヴィッド同盟はいつもどおり考えすぎだけど、そこがいい。シューベルトのソナタはただただ感動・感涙。アンコールはおなじみのモーツァルトのソナタ2楽章で、とても丁寧な演奏でした。座席がよかったので音は最高だしペダルの踏み方もバッチリ見えるし、いろいろ気付いたことを書いていこうと思います。
まずモーツァルトの幻想曲は意外にペダル少なめで、1音1音の音色勝負でした。この時点で、ひょっとしてソステヌート・ペダルを使ってる?と気付きました。
ダヴィッド同盟は、1曲ごとの性格をくっきりと浮き立たせる解釈で、激しい曲はとことん激しく、夢想的な曲はどこまでも幻想的。この曲では明らかにソステヌートを多用して、特定音だけを伸ばす技を駆使していました。だからなんだという感じですが、シューマンでは特定の音が重要な役割をするので理に適っている思います。全体として速度や音量において振れ幅が大きく、音色も目まぐるしく変化するのが印象的でした。私はこの解釈でOKだと思うのですが、人によってはまとまりに欠けるとか、表現にゆとりがないと思うかもしれません。
シューベルトのソナタは、もう正常な気分で聴けなかったので、細かいことは割愛で。でもいっぱい書くけど(笑)。
結局、内田さんの解釈だと、この曲はシューベルトの「まだ死ねない。もっと生きていていたい。」という願望の具現化、ではないかと思います。というのは第一楽章の冒頭からものすごいフォルティッシモなんですよ(笑)。あの一撃で「まだシューベルト死んでないよ!生きてるよ!」ということがわかるのです。なんだもう、CDとは解釈変わってるじゃんかよ、とか思ったのですが、ここですでに涙腺が怪しくなってしまいました。だって俺もいまこうして生きてるんだもの。2、3楽章もすばらしく、終楽章は最初から涙が出てきました。冒頭の旋律が始まったときからけっこう泣いてる人いました。なんだろう、この終楽章ってシューベルトが愛してやまなかった歌曲そのもので、美しいメロディーが2回、3回と出てくるのね。3回目に一瞬中断が入って、ここで、あ、止まっちゃう!って思わせておいて何事もなかったように続き、4回目ではついに消えかけたロウソクのようにピアニッシモで途切れ途切れに歌い、過ぎ去った日々を回想します。ここは本当に泣けてね。「ああ〜シューベルト死んじゃう〜」みたいな感じ。でも最後に猛然と甦って華やかなアルペジョを繰り広げ、第一楽章冒頭と同じフレーズを力強く奏してこの曲は輝かしく終止します。くそう、こうして解説書いていても感動するじゃねえかよ!
でね、シューベルトの状況が俺とそっくりなの。不治の病が発覚して、徐々に体調が悪化していよいよもう持たないと悟ったシューベルトが作った最後のソナタ3曲のうちの2曲目なのね。その曲を同じように病になって死にかけた自分が聴いてるって状況がね、それだけでもう感動的なのよ。だからとてもじゃないけど冷静に聴けなかったの(笑)。
あ〜でも内田光子ほんとうにすごい。残念ながら録音では彼女の魅力の半分も伝わってこない。フルコンのピアノを自由自在に扱い、あるときは壮大に響かせ、あるときは繊細に鳴らす。演奏解釈や構成感の作り方も抜群。そしてなにより、音楽が好き、ピアノが好き、という気持ちが溢れんばかりに伝わってくる。だから演奏を聴いている間も、終わったあとも、心がとても温かい。これがあるから、また次の演奏会も聴きに行きたいと思うのでありました。
あとね〜、俺ってピアノ演奏なめすぎ。大反省。自分じゃどうやっても内田さんみたいに弾けないって。技術以前の問題で、俺が人間として小さすぎる。だから音楽のスケールも小さい。表面的なフォルティッシモの音量が音楽の大きさとはまったく比例しないことを思い知りました。せっかくまた弾き始めたので、いろいろ考えながら自分なりの表現を探していきたいと思います。
それにしてもRBデルタ最高。いままでバランス的にLBで聴くことが多かったんだけど(ピアニスト自身が聞いているのと同じ後ろに飛んでくる音)、豊かな音量で聴くならやっぱりRBだと思います(ピアニストに相対してピアノの弦や響板がむき出しで見える位置)。あの太くて雄大な低音を体験してしまうと、オーディオシステムの貧相な響きが悲しくなってしまいます。ピアノ自体の繊細な残響もよくわかるし、とても気持ちよかったです。まあでも、デルタでないRBでもかなり同じ音が聴けてなおかつ安いし、さらに安いRAやLAでもまずまずだったりするので、サントリーホールでピアノソロリサイタルを聴く時は2階バルコニー前方ということを覚えておくといいと思います。サントリーホールWebチケットぴあの会員になると、座席ブロックを指定してチケットを予約することができます。
*1:ピアノソロを聞くには最高の座席