内田光子ピアノ・リサイタルの巻

プログラム
感想

ええと、後半の幻想曲がとてつもない名演で、もう何がなんだか(笑)。前半に関して気づいたことを書いておくと、まず、モーツァルトは以前弾いていたのと楽譜が違いました。ソナタ8番は私も練習したことがありますので、どういう音が使われているか完璧に記憶しています。以前に内田さんが録音したときに使用した楽譜と、私の使用している楽譜は同じです(旧版のモーツァルト全集)。しかし今回その楽譜とは違う音、違うリズム割りで鳴る音がありました。最初はミスタッチかと思ったのですが、繰り返すときに同じように弾いていたので、おそらく新しいエディションの楽譜を使用したのだと思います。演奏解釈に関しては、基本的には生演奏のときの内田光子流です。そんなにデモーニッシュに追い込まんでもいいんでないかと思いますが、生演奏なのである多少おおげさな表現をしないと伝わりにくいこともあり、そのあたりのバランス感覚として今日の光子は「感情の触れ幅の大きい方をよしとする」という法則で行くんだなと思いました。
その感情の触れ幅がすごかったのが幻想曲の第一楽章。いや、確かに楽譜には「とっても情熱的に弾いてね!」というシューマンの注釈が入ってますけど、ここまで追い込むか、という演奏解釈でびっくり。第二楽章は例の連続付点音符攻撃なのですが、それをしっかり意識して弾いています。たいていのピアニストは付点が滑って甘くなるんですが、わざわざテンポを抑えてきっちり「タッカタッカタッカタッカ」と正確に刻み続けた光子は偉い!内田さんは音階やアルペジョなどの機械的なパッセージに対して微妙なデュナーミクをつけて抑揚や振幅を表現するのが得意なピアニストなので、シューマンの欠点といわれる同じフレーズが延々続く状態を独特な感情表現として聞かせることができます。もうひとつの特性が、音符の少ないときの歌い方、聞かせ方の密度が非常に高いことで、これが最大限に生かされた第三楽章は本当にすばらしかった。全体としてはクララに対する想いが溢れて止まらないロベルト像、という演奏で、まあ胸が締め付けられるような内容でした。途中で「やべえ、泣くかも」と思ったんだけど、割と円満な終わり方をしてくれたので泣かずに済みました。
アンコールは、謝肉祭は予想できたのですが、まさかベートーヴェンソナタを弾くとは思わなかったのでみなさんびっくりしたことでしょう。っていうか、そのまま全楽章やって、31番と32番を弾いてくれてもよかったんですけど(笑)。
この翌日、さっそく楽譜を買い求めて幻想曲の練習を始めてしまった私です。「君への想いが溢れて止まらない」といわんばかりにロベルトの歌があちこちのフレーズから聞こえます。弾きながら感激しています。