ストリングス音源レビューの巻

自分は弦楽器オタクで、長年に渡りいろいろなストリングス音源を使ってきましたのでレビューします。自前で演奏した動画があるものはリンクを付けています。

最初に結論を書くと、生オーケストラの弦楽器をシミュレートする用途では現状では LA Scoring Strings(LASS)がベストな選択だと思います。特にクラシック音楽好きの人や、生の音を知っている人、音楽を聞いてオーケストラスコアが想像できるような人はこれでないと満足できないと思います。

一方で、生オケの再現が目的でない場合はLASS以外を選択したほうがよいケースも多々あると感じています。結局のところ「用途によって使い分けましょう」ということになりますけれども、各社さまざまな趣向をこらした音源を用意していて、同じものは一つもないと思いますので、使い分けのポイントなどもわかる範囲で書きたいと思います。

 

※ハード音源の部

  • Roland SL-JD80-04 Strings Ensemble
    JD-800用の波形拡張カードです。奏法バリエーションは少ないし、生音とは違うのだけど、低音域がよく伸びていて極めて高品位。コントラバスの音圧がすさまじく、今でもこれを超えるサウンドはなかなかないと思っております。JD-800自体がよくできたシンセでした。

    https://www.youtube.com/watch?v=83fE6bYsB0U

  • E-MU PROTEUS/2 Orchestral
    おそらく世界初のオーケストラ専用音源モジュールです。デモ演奏がセンセーショナルだったのですが、しょせんはPCMシンセなんですよね。このタイプの専用音源モジュールは他メーカーがほとんど追従しなかったのでE-MUオンリーになってしまいました。
    弦はイマイチなのですが、金管の厚みやハープや木管の存在感と温かみは素晴らしく、音作りが上手いメーカーだなと思いました。上記のSL-JD80-04のデモ動画で鳴っているハープやピチカートはこれを使っています。
  • Roland SRX-03 Symphonic Strings
    FANTOMシリーズ用の波形拡張カードで、ソロ楽器も収録されています。レガート音が使いにくい上に、音色が寒々しいかんじで使いにくかったです。しかしチェロとコントラバスは野太い音色で好きでした。ゴリゴリしたマルカートやピチカートは生々しくてよかったです。
  • Roland SRX-06 Complete Orchestra
    SRX-03の欠点が解消されていて、ふくよかな響きが特徴でよく使いました。弦楽器以外も使いやすいです。
    SRXシリーズはINTEGRA-7に全部入っているため値下がりすると思ったんですけど、そのINTEGRA-7が値上げに次ぐ値上げで20万円くらいになってしまったため、SRXの中古価格も下げ止まり状態になっています。SRXを鳴らせる最も安いハード音源は、soniccellになります。ハイレゾ(96kHz/24bit)に対応したAD/DAコンバータを持っているおすすめのハード音源です*1
  • Roland INTEGRA-7 Strings Section 1/2(Super Natural Acoustic)
    INTEGRA-7は2012年発売で、まだ現役で売られている長寿な音源モジュールです。
    これに搭載されたSuper Natural Acoustic音源のストリングスは、MIDI全音域が鳴らせる変わり種です*2。さらにベロシティクロスフェードが127段階というまさにSuperなアコースティック音源で、とりわけ管楽器の表現力は現在でもそのへんのサンプリング音源では太刀打ちできないレベルにあります。*3
    とはいうものの、Strings Section 1/2で実用的に使えるのはヴァイオリンの音域だけで、低音域になるほどシンセっぽくなってしまいますので、実質的にはViolin 1+Violin 2ということになります。ソロ楽器は逆で、ヴァイオリンやヴィオラがシンセっぽくて、チェロやコントラバスがリアルになります。
    以上のようなことから、自分の使い方としては、ヴィオラ以下の合奏は内蔵されているSRX-06にやらせて、ソロのSN-Aサウンドを混ぜるのが基本でした。このあたりがよくわかるのが下記の動画です。

    https://youtu.be/be58aQBZ4LM?t=94

    SN-Aはベロシティとコントローラ(モジュレーション)の両方で音量・音色を変えられるようになっていて、モジュレーションの値が低い状態でも強い打鍵をするとフォルテで鳴るので、リアルタイムで演奏しやすいのが特徴です。しかしこれが罠なのです。ベロシティの前後関係を判断して大→小だと自動的にレガートになり、小→大だとリトリガーになるのですが、リトリガー時には先着音が不自然に消えてから後着音が鳴るので、いびつなフレージングになってしまいます。直前に鍵盤からいったん指を離してから次の打鍵をしたほうが自然なニュアンスになります。かように、リアルタイムで演奏するには指先の厳密なコントロールを要求されて難しいので、打ち込み用と割り切ったほうがよいと思います。なお1音鳴らすのに4音分のリソースを使う上に、レイテンシーがあるためいろいろ苦労しました。またベロシティでアタック速度も変化するため、ピアニッシモでは速いパッセージを弾くことができません。それでも使っていたのはクロスフェードが完璧だったから、としか言えません。

    https://www.youtube.com/watch?v=x5vxgFXCXVg

ここまでの音源は、すべてドライな(残響感がない)サウンドです。自分はこれに慣れてしまったので、次に上げていく残響感のあるソフト音源に苦労することになります。またINTEGRA-7で感じたレガートの難しさをクリアできる音源は、自分が所有している中ではLASSとCSS(Cinematic Studio Strings)になります。

 

※ソフト音源の部

  • EastWest Quantum Leap Symphonic Orchestra
    通称QLSOです。かなりシェアがあるようでネット上の情報も多く、セールで安かったの購入したのですが、どうにもシンセっぽい冷たいサウンドでダメでした*4。あと残響感が強く、リバーブをオフにしても消えません。自分は残響はマニュアルでコントロールしたいので許容し難いところがありました。最上位のPlatinumに入っているClosedポジションの音でも残響感はあります。残響の何をコントロールしたいのかというと、残響の質です。残響成分だけにEQを使いたいのに、楽器本体と一緒になっているので手出しのしようがありません。またdivisi(ディヴィジ。1stヴァイオリンや2ndヴァイオリンなどのパート内をさらに分割すること)がないのも地味につらいし、レガートも不得意ということでINTEGRA-7で苦労していたことが何も解決しないばかりか、かえって使いにくいということで購入したもののまったく使わないというオチになってしまいました。
    本稿とは無関係ですが、QLSOの金管楽器や打楽器は好きです。これらはオーケストラの後ろの方にある楽器なので、残響感があっても違和感がないのです。ただし木管楽器は残響感がわざとらしく、ソロ演奏には耐えられないです。QLSOに限りませんが、総合オーケストラ音源は合奏させるのが前提なので、ソロ演奏には向かないと考えます。
  • EastWest Quantum Hollywood Strings
    QLSOの弱点をよく補っています。divisiもあるし、残響感も減っています。音色も厚めでスロ~ミディアムテンポの曲にはよく合います。表現力もあるし、ベロシティクロスフェードも自然です。ただしオーケストレーションが雑だったり、音量コントロールを誤ると中音域が重いもっさりとしたサウンドになって響きが混濁します(反省)。
    問題点は、アタックが遅くて速いパッセージに追従できないので、速いパッセージに弱いことです。実はこれ、多くの音源に該当することなのですが、Hollywood Stringsは全体的な出来が良い中でアタック速度だけが残念なのでメインになりにくいというところがあると思います。あとPLAYというソフトでコントロールするのですが、操作性が非常に悪くてつらいです。また多くの人が指摘する通り、大容量のパッチは読み込みに時間がかかるのでSATAより高速なm.2(NVMe規格)のSSDUSB3.1やThunderbolt 3接続で使ったほうが良いと思います。
    ちなみにシン・ゴジラ劇伴のPersecution of the masses*5の弦がこれだそうで、中音域の重苦しさが忍び寄る災厄を予感させるようで見事だと思います。
  • Vienna Instrument Syncron-ized Strings、同:Chamber Strings、同:Appassionata Strings
    全体的にシンセっぽい音色です。あとレガートの挙動がおかしいです。しかも無印・Chamber・Appassionataでおかしさの中身や度合いが違うのでさらに困ります。特に無印のレガートは同音連打時の鳴り方が不自然なのでまるで使えません*6。音はさすがのViennaでとても美しいのですが、残響成分たっぷりで音像が異様に遠いです。レイヤーして後ろの方で鳴らすには良いけど前面に出せません。Syncron-izedシリーズは残響込みの廉価版ということを知らないで買ってしまい、弦に関してはどんなにがんばって打ち込んでも思ったように鳴らせないので後悔しております。←この残響(Synchron IRというらしい)ですが、オフにできてドライな音にすることも可能だそうです。調査不足でした。
    Viennaは価格が高いシリーズでも弦楽器は大なり小なりシンセっぽいところがあると思いますが、SY77やスーパーファミイコン的な90年代を彷彿させるサウンドは日本人には馴染み深いようで、良い音に感じる人が少なくないのも理解できます。
  • Vienna Instruments Synchron Strings Pro
    Viennaの価格が高いシリーズのストリングス音源の最新版です。高いと言っても、かつてのVSLのような分割商法ではなく、これ1つでヴァイオリン~コントラバスまで用意されています。奏法やアーティキュレーションがめちゃくちゃ多いだけでなく、レガート演奏に昨今流行りのワード "Agile" (アジャイル。素早いという意味)を冠したモードが加わったのが特徴だと思います。これはおそらくSpitfireのPerformance Legatoを意識したもので、猛烈に速く弾くと音程が甘くなるというストリングスの特徴をシミュレートしていて、かなり使えそうです。
  • AudioBro LA Scoring Strings(イチオシ)
    おそらく現状で最高峰のストリングス音源です*7セクションごとに細かくマイクを立ててスタジオで収録する状況をシミュレートできる音源で、非常に使いやすいです。さらに各パートがソロ(トップ奏者)と数名ずつで構成された3つのグループに分かれているので、divisi対応はもちろんできますし、LASSだけで小中大の3段階の編成をこなせるようになっています。こんなユニークなつくりなので、オーケストラ譜の読み書きを勉強していない人は使いこなせないと思われます。初心者には極めてハードルが高い音源でしょう。
    サウンドは実に生々しくて、残響感がないのが大きな特徴です。また、それほどアタック感が強くないのに速いフレーズでも追従できる立ち上がりの良さも使いやすさに貢献しています。レガートは、ベロシティ小→大のときも自然につながってしまうのに違和感があります。リトリガー感がないというか、弓を折り返す感じが乏しい。ここは自然につながったからヨシ!と割り切るか、弓のダウン・アップの切り替えを明示的に打ち込むしかないだろうと考えています*8
    欠点は、ときおりひどく音程が悪いキーがあることと、ノイズが多いことです。メーカーいわく「それが生音の醍醐味です」*9。音程に関しては、ボーカル用のピッチ調整プラグインを導入している人もいるという話です。ノイズはEQ処理が推奨されておりますが、iZotope RX 7で手軽に除去できることを確認しています。RX 7はアナログレコードのプチノイズや環境音的なノイズはもちろん、弦楽器(ギターなども含む)の雑音を消すのにも有効です。ちなみに、人数の割にスケール感がありませんし、ヴァイオリンなどは線の細い楽器が合奏している感じでひ弱なんですけど、そもそもヴァイオリンは線が細い音色が特徴なので問題ないです。
    使い始めてすぐに、「この楽器ならこういう表現ができるんじゃないか?こんなやりかたはどうか?」とアイディアが湧いてきたので、それだけ音楽的な仕上がりなのだと実感しました。「この音源なら」と思えない、人間臭い振る舞いを見せてくれる素晴らしいツールです。
  • Cinematic Studio Strings
    通称CSSです。自分のように、LASSと組み合わせて使っている人がけっこういるようです。両者は相互補完的なところがあって、CSSはdivisiは使えないですし、LASSのようなヒステリックとさえ言える高域の伸びのよさはないものの、音程は安定していて適度な厚みと暖かさのあるサウンドです。そんな感じなので、フレーズの開始部は繊細な表現ができるLASSで作り込んで、サスティンの厚みはCSSで表現する使い方になっています。
    CC01が強弱、CC11が音量という設定はLASSと同じなのでレイヤーで鳴らしても良いのですが、LCSSは音の出方がかなり遅いので注意が必要です。LASSと同タイミングで鳴らすと明らかにずれますので、MIDIデータを少し前にずらす必要があります。高域が伸びないことは誰でもすぐ気づくと思いますが、EQで補正可能です。

持ってないけど興味あるもの・あったもの

  • Spitfire Chamber Strings
    実はSpitfireのソロ弦のセットをセールで買っています。音の良さはもちろんですが、Performance Legato(パフォーマンスレガート)というパッチが秀逸です。要は適当にキーボードを弾くと勝手に最適な奏法で鳴ってくれるのですが、速い音階を弾くギュルルルルッ!と駆け上がるのがとてもリアルです。Chamber Stringsは合奏でこれができます。divisiがないのが残念ですね。
  • Spitfire Studio Strings
    LASSを意識した音源のようで、Chamber Stringsよりドライなサウンドですしdivisiにも対応しています。またChamber Stringsより人数を減らしていて、その分だけ全体的に音像が小さく低音も伸びないかんじです。あとベロシティレイヤーはChamber Stringsより少なくフォルティッシモがないので表現力に乏しく、弦楽器がメインとなるクラシック系の楽曲には厳しいと思います。Performance Legatoもありません。
    ただ弦楽器らしさは堪能できますし、なにしろChamber Stringsの半値以下でこのクオリティは驚異的です。歌モノやポップス系のBGMなどでオブリガード的に中高音のストリングスを入れるとしたらこれがファーストチョイスになるんじゃないかというくらい使いやすそうだと思います。下記の動画で、両者を所有している人が比較演奏しつつ忌憚のない意見を述べているのが参考になります。
    https://www.youtube.com/watch?v=GLV0MoXWZAQ
  • Spitfire BBC Symphony Orchestra
    総合音源で、ものすごくゴージャスなQLSOだと思います。総容量600GB程度で、わざわざBBCなんていう葵の紋処を出してくるあたりはEW Holywood Orchestraを意識した様子がありありと伝わってきます。ハリオケと違うのは残響感が極めて強いうえに、この残響感が決定的にサウンドを特徴づけているということです。そのあたりがQLSO的だと感じた理由です。そんなわけで、ディテールにこだわる人には総じて不評で、自分もデモを聞いた段階で「ちょっとこれはないな」と思いましたが、音楽の捉え方や聞き方、作りかたが大雑把な人(悪い意味でなく)は「こういう感じの音っていいよね!」と評価するではないかと思います。
    Spitfireはイギリスの会社ですが、そもそもイギリスはクラシック音楽の本場とは言い難いと思います。20世紀はアメリカの音楽界と相互に影響し合ってきて、近年は完全にアメリカナイズされていると感じますので、こういう流れになるのも致し方ないのかなと思っております。

*1:自分は2台所有

*2:ソロ楽器もあって、ヴァイオリンだろうとチェロだろうかまわず全音域鳴らせる

*3:サンプリングとヴァーチャル系のハイブリッド設計らしく、そんなことが可能になっている。

*4:キャラクター的にSRX-03とかぶるところがある

*5:蒲田くん登場シーンに流れる

*6:バグではないかと思うような挙動を示す。

*7:お値段含め。

*8:まだ使いこなしていないので検討中

*9:開き直りやがった