忖度なしのアコースティックピアノ評価の巻

1ヶ月ほどかけていろいろピアノを試弾してきた中で、自分自身が感じたことや調律師の方々のお話も交えて忖度なしでピアノの評価をします。

  1. 新品か中古か
    自分の耳に自信がない人や、ピアノという楽器の仕組みに詳しくない人は新品を選ぶべきです。この自信というのは「好きな音、苦手な音が明確に定まっている」と言い換えてもいいです。
    中古に関しては、スタインウェイなど一部のメーカーを除き年代によって音の傾向がかなり違うので、根気よく試弾を繰り返して好みのメーカーと好みの年代が定まってから本格的に選定に乗り出しましょう。このときのポイントは正規販売店かその系列店で選ぶことです。系列店であれば純正部品や、純正でなくても相性のよい部品を使ってメンテナンスしているので、安心感があります。さらに正規系列店だと中古と新品をその場で比較できるというメリットもあります。
    系列店以外のショップで扱われている中古ピアノは割安ですが、私の経験上、ほぼすべての個体で何らかの問題があります。良い個体に巡り会えたら買いたくたりますが、良い個体がほとんどありません。特に海外ブランドの高価なピアノは新品とは似つかぬ音に変貌していることが多いです。なので割高に思えても必ず正規の系列店に行ってください。25年ほどかけてあちこちの正規販売店以外のショップを訪問したり、展示会に出向くなどして多数のピアノを試弾をしてきましたが、購入してもよい思えたピアノは1台もありませんでした。自分と同じ徒労をしてほしくないです。良い音のピアノはあっても何かしらの不具合や気になるところはあるのです。
  2. アップライトかグランドか
    理想は当然グランドピアノですが、アップライトでも電子ピアノよりはずっと音楽的に演奏はできます。
    アップライトは弾かなくなって売られ、弾きつづけてグランドピアノに買い替えるため売られ、と結局は売られる運命にあるピアノのようで中古も豊富に出回っています。なのでアップライトピアノを求めるなら積極的に中古を視野に入れて良いと思います。
  3. おすすめ海外編
    スタインウェイ:結局みんな好きなのだと思います。自分も好きです。
    ペトロフ:グランドに関してはスタインウェイの半値くらいでスタインウェイに近いピアノが手に入ります。スタインウェイほど盛大に鳴らないところも日本の家庭事情にあっています。またアップライトも品質がよい上に、特注になりがちな白いピアノを標準で作っています。
    ボストン:スタインウェイジェネリック的な触れ込みですが、確かにきらびやかで豊かな音量が特徴のピアノがあります。
  4. おすすめ日本編
    ヤマハ(グランドのみ):普及モデルであるCXはコスト対策で妥協したピアノです。しかし機械生産のメリットを生かし品質の安定性が極まっています。購入にあたっては掛川の工場で選定できますが、選定する必要がないくらい同じピアノが並びます。
    カワイ(グランドのみ):次点。ヤマハより貪欲で他社のいいところを真似しがちですね。
  5. おすすめできないピアノ
    ファツィオリ:コスト無視で妥協しない精神ゆえ、常に発展途上のような製品になっていると感じます。また設計が頻繁に変わるため、のちのち修理部品を入手できるか心配です。ピアノは一点物の工芸品ではなく、ある程度の汎用性が求められますので設計変更はリスクが大きいのです。
    ベーゼンドルファーヤマハ傘下になり音が以前とは変わってしまいました。たとえば214 VCはスタインウェイB-211とほぼ同価格なので大半の人はB-211を買うでしょう。
    ベヒシュタイン:コンサートシリーズ以外は非常に割高であり買うべきではないです。
    新品のアップライトピアノスタインウェイなど一部のメーカーを除き、新品のアップライトピアノを買うべきではありません。その理由はコストダウンのために部品や組み立ての質がどんどん低下していることと、出荷前の検査や調整も甘いため不具合があっても見逃されやすいからです。アップライトに関しては、いまや新品よりもきちんとメンテナンスされた中古品のほうが安心ではないかと思います。
  6. ピアノの大きさについて
    いわゆるベビーグランド、150cm台の海外製グランドピアノは購入してはいけません。これは楽器というより高級家具や調度品扱いで、低音域が全く音が出ません。日本製であれば多少マシな低音が出ますが、150cm代で実用になるグランドピアノを製造しているのは事実上ボストンだけと言えます。それ以上のサイズのグランドピアノは、210cm台までは家庭使用に向きますが、220cmを超えると厳しくなります。このサイズを超える国産の7型のピアノは、カワイSK7を除きいまはほとんど販売店に置いてありません。つまりこれも事実上、カワイSK7しか選択肢がないということになります。
    アップライトピアノは、130cm台と110cm台では如実に音が違います。しかし力がない子どもさんが弾くとあまり差が出ません。差が出ないなら110cmでもいいと思うかもしれませんが、予算があれば130cmをおすすめします。

 

メーカー別評価

  • スタインウェイ
    新品のハンブルク製O-180、A-188、B-211は鉄板です。でもこの三者を比較して結局みんなBを買います。OやAが悪いというわけではなく、Bが突出して良いのがその理由でしょう。なおスタインウェイは低音部が手巻き弦で音色にかなりの個体差があるため、複数から選定できないショップでは買わないほうがよいです。
    またS-155とM-170およびNY製は買ってはいけません。品質に問題があります。これらは自分が試弾したすべてのピアノに問題がありましたし、スタインウェイジャパンの方もNY製に関しては言葉を濁すほどです。ちなみに日本で新品のSやMを買おうとするとNY製になります。ハンブルク製はまず買えません。
    K-132(アップライト)は世界最高峰のアップライトピアノです。スタインウェイが諦められずSやMを買うくらいならKとペトロフ(グランド)の2台もちをおすすめしたいくらいです。アップライトでもスタインウェイの音色がしっかりと鳴ります。しかも響きの豊かさはO-180に匹敵し、ブラインドで聞いたら区別できるかわからないほどです。その理由はアップライトゆえ中音〜最高音部の響板が広いからです。
    SPIRIO(自動演奏ピアノ)は明確な目的がなく買ってはいけません。なぜかというと、自動演奏の部分は家電製品ゆえ10年ほど壊れるからです。しかもこのピアノはiPadでコントロールします。10年後に同じiPadは入手できませんよね。なのでスタインウェイを弾きたい人は、普通のスタインウェイを買うべきです。BGMのように自動演奏させておきたい人などはジュークボックス代わりに買ってもいいでしょう。実際、そういう用途で買われる事が多いとのことですが、製品寿命は10年ほどということは意識しておく必要があります。なおSPIRIOに入っている演奏データは一流ピアニストによるものですが、彼らはタッチが強いため大音量で鳴ることになります。実は私の住んでいる街でSPIRIOを購入した人がいるのですが、うるさすぎて使えない状況になっています。もったいないですね。
    中古は1910年代のNY製が非常に良いです。自分がいままで中古で良いと思ったスタインウェイはすべてこの年代のNY製でした。アップライトのKやZも良いものが多いです。ただダンパーフェルトやペダル動作に問題があることが少なくないので試弾は慎重にすべきです。これ以外で良い中古は正規販売店以外ではお目にかかれません。非正規店で何台も試弾しましたが、非常に個体差が大きい上に音が新品と違うものばかりです。スタインウェイのピアノは、古くてもスタインウェイの音が出るのが最大の特徴です。なので自分がイメージするスタインウェイの音が出ないピアノは選ぶべきではありません。残念ながらそういうピアノが多いのには理由があります。非正規店で売られる中古スタインウェイのほとんどはアクションやハンマーを交換しています。この交換部品が純正でないのです。このようなピアノは、手放すときにスタインウェイとして売れないでしょう。
  • ボストン
    スタインウェイの廉価ラインです。カワイが日本で製造していることもあり、品質面ではNYスタインウェイよりも安心できるピアノです。
    ボストンは小型でありながら鳴りっぷりがよいピアノが好きという方におすすめできます。その理由は響板を大きく取る設計にあります。他社の1型・2型程度のサイズのグランドピアノでも豊かな音色を出せます。音量が大きいとタッチが軽く感じるようになるため、それも含めスタインウェイ風に思えるピアノだと感じます。
    一般的には1型(150cm台)のグランドピアノよりアップライトのほうが明らかに音が良いので、小型グランドは買ってはいけないピアノといえますが、ボストンであれば許容できます。しかし3型(193 PEII)以上のグランドピアノはバランスが悪くおすすめできません。
    なおボストンは新品購入時と数年経過後ではかなり音色が変化すると言われています。新品は調整が難しいという声も聞きますが、じっくり付き合ううちに自分好みのピアノに変わってくれたというユーザーが多く、長く付き合えるブランドだと思います。
  • ベヒシュタイン
    ベヒシュタインが高級ピアノメーカーの一角だったのは残念ながら過去の話になってしまいました。
    コンサート(上位グランドと最上位アップライト)、レジデンス(上位アップライト)、アカデミー(廉価版グランドとアップライト)に加え、ホフマンというスタインウェイにおけるボストンのような位置づけの製品もあります。
    まずコンサートについて。 A-196以上のグランドピアノは弦の鳴りも共鳴も雑味が少なく、静謐できわめてストイックな音色が特徴です。それゆえ演奏者のタッチを如実に表現しますので、弾くのが難しいピアノと言えます。コンサート8(アップライト)はものすごく高品位になったヤマハアップライトピアノと考えれば良いでしょう。スタインウェイのアップライトが良くも悪くも「自分はスタインウェイです!」という自己主張が激しい音なので、あまり主張しないで高品位なアップライトを求める場合はベヒシュタインになると思います。なおコンサート8以外のアップライトはおすすめできません。海外生産であり品質が悪すぎます。
    レジデンスやアカデミーは部材が相当にコストダウンされているにもかかわらず高価格であり、非常に割高感があります。またコンサートと比較すると雑音が多く反応も悪いです。この反応の悪さが弾きやすいと感じることもありますが、次に紹介するペトロフのほうが安価な上に圧倒的に音が良いので、まったく太刀打ちできないというのが私の判断です。
    なおホフマンになるとさらに品質がかなり落ちます。ペトロフより少し安いところで勝負しようという意識が見えますが、ホフマンを買うくらいならヤマハSシリーズやカワイSKを検討したほうが良いと思います。
    中古は部品を交換したためか、妙にグラマラスな響きに変貌している個体もあります。それはそれで面白いのですが、ベヒシュタインらしさがスポイルされていると感じます。
  • ペトロフ
    知る人ぞ知るチェコのピアノメーカーです。スタインウェイの半額程度で、スタインウェイのようなきらびやかで艶のある音色が出るピアノが手に入ります。良い海外製ピアノを探しているなら、スタインウェイよりもペトロフが第一選択になるといっても過言ではありません。
    とりわけグランドピアノのP 173 BreezeとP 194 Stormが素晴らしいです。スタインウェイのAやBをさんざん試弾したあとに弾いてもがっかりしないピアノといえばその良さが伝わると思います。なおスタインウェイの同サイズと比較すると音量は小さく、若干スケールの小さい音になります。ただこれもスタインウェイの音量が大きすぎるためといってよく、ヤマハS3Xと比較しても十分に豊かな響きがします。むしろスタインウェイより音量が抑えられていることで、狭い部屋に置いても快適に演奏できると思われます。ただ2m以上のサイズのグランドピアノは残念ながらバランスが良くないです。
    なお女の子が好みそうな金色のデカールが入った可愛らしいデザインの白いアップライトが200万そこそこですし、やはり金のデカール入りの白いグランドピアノもあります。白いピアノならヤマハ・カワイよりこちらをおすすめします。
    ちなみにプロのかたはスタインウェイと比較した上で、全員がスタインウェイを買うそうです。ホールで弾くことになるのはスタインウェイですから、自宅でも同じメーカーのピアノで練習したいという考え方になるのは当然ですよね。それにもかかわらず、比較対象になりうるところにペトロフのすごさを感じます。そしてアマチュアが趣味で弾くならペトロフは間違いなく最高のピアノだと言えます。
    なおメーカーの名前が知られておらずブランド力が低いためか、中古になるとさらにお買い得になります。それゆえすぐに売れてしまうそうです。ペトロフを中古で買いたい人は必ずショップに予約を入れましょう。
  • ベーゼンドルファー
    ヤマハ傘下となり、以前とは音色が変わっています。しかしヤマハ売店がベーゼンを扱えるようになったので、昔より身近になったと感じます。
    ベーゼンは手作りで台数が少ないため個体差が非常に大きいです。よく木の音がするとか、木の響きだとか言われますが、スタインウェイのようなきらびやかな音色で大音量が出る小型グランドなどもあって、自分はこのメーカーの音色の特徴がよくわかりません。コンサートグランドが有名なので、家庭用の2m未満のピアノも同じような音がすると思われているのですが(自分も思っていた)、そんなことはないです。自分が良いと思ったのが214 VCです。音の立ち上がりが速く素直な響きでした。
    中古も個体差が非常に大きいです。ベーゼンは根強い人気があるものの供給数が少なく、中古はすぐに売れてしまうためなかなか試弾にありつけないです。
  • ヤマハ
    最も売れているのはC3Xですが、おすすめはC3X espressivoとC5X、C6X、CFになります。C3X espressivoは共鳴の立ち上がりが遅いのですが、その遅れゆえ奥行きのある響きに聞こえます。C5Xは立ち上がりが速く、ポップスやジャズにも向きます。C6Xは倍音の持続時間が長くスタインウェイ的な響きになります。音量はスタインウェイBの7割ほどに感じますので、天井が低い日本家屋でも十分に対応します。なおヤマハのグランドピアノがほしいが予算がない場合はC2Xが有力候補になります。以前のヤマハの2型はかなり問題があったのですが、C2Xになって大幅に改善しています。
    C3Xは個人的には立ち上がりが遅さが気になるので、C3LAなど少し前のモデルのほうがよいと感じます。しかしこの遅さをまろやかな耳あたりと捉える人も少なくなく、好みの範疇だと思います。
    S3XはC3X espressivoと比べるとぐっと重心が下がって厚みのある音になります。音量も上がるので満足感が高いピアノです。しかしほぼ同サイズのスタインウェイペトロフと比較するとスケールの小ささやスピード感の不足は否めません。S6Xは立ち上がりが速く極めて鮮烈な音色が出せる素晴らしいピアノです。しかしとても音量が大きい上にピーキーでコントロールが難しいので注意が必要です。自分はS6X狙いでいたのですが、あまりにも弾きにくいピアノでどうにもなりませんでした。弾きこなせる人なら素晴らしい演奏ができることでしょう。CFは部材の妥協がないという点でスタインウェイにも匹敵するピアノです。
    アップライトはコストダウンの影響が著しいので中古品をおすすめします。
    ということで中古について。ヤマハはアップライトを含め中古が数多く出回っています。先に述べたように、製造された時代によって音色の傾向が異なりますので、さまざまな時代のピアノを実際に弾いて耳で確認するのが重要です。たとえば2000年代前半に製造されたS4、S6は雑音が少なく絶妙なピアニッシモが出せるという美点があるものの、フォルテの音量がまったく足りないピアノのため勧められません。ただし部屋が狭いなどの理由で音量が小さめなピアノを求めている場合や、アンサンブルや歌の伴奏として用いる場合は第一選択になるくらいのポテンシャルはあります。よくヤマハはベヒシュタインに似ていると言われますが、S4やS6の静謐な音色はたしかにベヒシュタインを彷彿させるのです。S400Bはかなり良いです。ただこれもペトロフの中古と比較したほうがよいと感じます。
  • カワイ
    グランドピアノのシゲルカワイSK2、SK3がおすすめです。この2つは甲乙つけがたいです。2型の国産グランドピアノで最も優秀なのは間違いなくSK2です。SK5はアクションが異なりタッチが微妙に重いのが特徴です。SKはタッチが軽すぎると感じる人はSK5を試してみていただきたいです。SK6、SK7はスタインウェイに勝るとも劣らない豊かな低音域が魅力ですが、その反面、中高音の厚みや華やかさが足りないので厳しいと感じます。ただ逆にそこを生かして、歌(とりわけ女性歌手)の伴奏に合わせるとよいと思います。実際、有名な女性歌手がSK7を購入されています。目の付け所がいいなと思いました。
    なおSKは2010年頃にモデルチェンジしています。自分はモデルチェンジ前のほうが好きでしたが、モデルチェンジ後のほうが良いという人もいます。SKは人気があり、中古はすぐに売れてしまうので購入を考えているのであれば楽器屋さんに確保しておくようお願いしましょう。
    なおカワイのトーンが好きでグランドピアノがほしい、しかし予算がないという場合はGX2が有力候補になります。このピアノもローコストながらバランスのよい仕上がりになっています。