ソナチネアルバム:今井顕校訂版の巻


ちょっと前に出ていた全音ソナチネアルバムの新校訂版第1巻を入手しました。校訂したのは今井顕氏です。この楽譜の特徴は原典版を標榜していないところにあります。「初版および初期楽譜に基づく校訂版」という副題のとおり、今井氏による補筆注解がどっさり加わっていて、「今井顕の解釈版」に近いと思います。なので、ポイントは今井氏の解釈内容にあります。
今井氏の方針は、18世紀後半の記譜法の特徴を生かしつつ、演奏しやすいように現代の記譜法にリダクション(還元)する、というのが基本になっています。特にこだわったのがアーティキュレーション(スラー表示)です。*1オリジナルの記譜は実線で、現代の記譜法による演奏用スラーは点線で書かれています。こういうのは資料として見るのにはありがたい配慮ですが、読譜するにはちょっと邪魔です。解説は音楽学的なことがたくさん書かれていて、たぶん子供には理解不能です。ただし、最低限のお約束(装飾音の奏法や楽想用語の解説など)は書かれています。ソナチネをこだわりたい人、あと大人のレスナーはこの楽譜を使った方がよいと思いますが、一般的なソナチネレベルの子供(小学校中〜高学年くらい)には難しすぎるかな〜と思いました。
なお、今井氏は冒頭で「いずれ原典版楽譜を使ってモーツァルトやベートヴェンの大作を弾くときに困惑しないように、ソナチネの段階から、楽譜を読んで考えて弾く、という姿勢を身に付ける一助になりたい」と書かれています。これ、すごく大事ですね。ピアノは誰かの真似をするのではなく、自分で考えて弾けるようにならないといけませんから。
その他の大きな特徴として、従来の全音ソナチネとは譜割が全く違っているのがポイントだと思います。1ページに割り付ける小節数が減っているので、段組に余裕があって譜読みしやすいです。例えば有名なクレメンティのOp.36-1(第7番)は従来は全楽章を3ページに詰め込んでいたのですが、今井版は4ページ使っています。そのため、巻末についていた副教材は載っていません。本書に掲載されているのはクーラウ作曲のソナチネ第1番〜ドゥシーク作曲の17番です。あと運指がすごく丁寧です。作曲家自身による運指と今井氏のものが併記された曲もあります。またトリルは基本的に補助音から弾かせるようになってます。写真はモーツァルトピアノソナタK.545第三楽章の冒頭で、実線&点線表記のスラーのほか、重音の声部を分けて記譜しています。*2

*1:この辺がかなり微妙ではあります。スラーをうんぬんする以前の問題として、書かれた音符を漏らさす弾くだけで精一杯、というレベルのレスナーが多いと思うのです。自分もソナチネ習ってた当時はそうでした。

*2:モーツァルトの書いたスラー(実線)はアーティキュレーションや拍子の取り方の指示だけれども、今井氏が補完した点線のスラーはフレージング(どこからどこまでレガートで弾くか)の指示になっています。このように同じスラーでも意味合いが違うということも、解説に書かれています。古典派の作曲家の書いたスラーはレガート奏法のフレージング指示ではない、ということを知っておくのは非常に重要ですよね。なお、ロマン派の作曲家からアーティキュレーションとフレージングの両方ともスラーで書くようになります。そのため、ショパンなどでは細かなスラー(アーティキュレーション指示)の上に大きなスラー(フレージング指示)がかかって、弧線が二重になることが多いんです。