ベートーヴェンのピアノソナタ全集についての巻 ふたたび

以前から自分の中では評価が高いコヴァセヴィチの全集(1992年~2003年録音)も改めてじっくり聞いてみたのです。その結果、この人はテンポが速い曲想になるとカンタービレより推進力を優先するということはわかりました。さらにフォルテやアクセントが付くフレーズは押しが強く、突然、急迫的な表現をしがちです。このため音楽の造形がいびつに見えたり、荒削りに思えることがあります。また演奏を言語として解釈すると、「私は!かように!考えるので!あります!」というように、音節がブツ切れでしかも主語や動詞の区別があまり感じられない場面も少なくありません。そのため、長い単位のフレーズの起承転結がいまひとつはっきりしません。
その一方で、遅い~中庸なテンポの場面だと、絶品ともいえる息の長いカンタービレを聞かせてくれるので、両者の対比を意識しているのだろうと思われます。でも、この人のアクセントの付け方はどうも品がなくて、苦手ですね。

ホール・ルイスの演奏のどこが良いかというと、やはり上品であるということが非常に大きいと思います。音色を含めベルベットのように表現が滑らかで、無理がありません。しかし弱々しいわけではなく、芯の強さもあります。これほど弱音を重視して演奏するとスケールが小さくなってしまいそうなものですが、決してそうならないところに楽曲全体を見通したしたたかな演奏設計が見て取れます。

ベートーヴェンピアノソナタに関しては今回でいったん一区切りとしますが、ベートーヴェンシューベルトの演奏でルイス並みの密度で音楽を作り上げているのは、クリスティアン・ツィメルマン内田光子さんくらいしかいないような気がします。そしてこの3人が演奏したベートーヴェンのピアノ協奏曲も素晴らしいので、次回はそれを取り上げようと思います。

なおツィメルマンベートーヴェンソナタの録音は出していません。演奏会では31番を聞いています。内田光子さんは後期ソナタのみCDをリリースしています。協奏曲に関してはツィメルマンと内田さんは2回も全集をリリースしています。

自分はベートーヴェンは大好きというわけではないのですが、子供の頃から聞いていたり、いろいろな勉強してきたことで楽曲をかなり理解できるようになったと思っています。それで演奏の聴き比べも深いところまで踏み込めるようになりました。

あとピアノ協奏曲の皇帝のすごさを書きたいです。実は皇帝は苦手な曲です。苦手な理由は、音楽的に無茶苦茶な内容だからです。メチャクチャではなくムチャクチャ。無茶なことをやってるんです。そんな楽曲をいかにベートーヴェンが剛腕を発揮して完璧な作品に仕立て上げたか、小一時間語りたいです。昔からムチャクチャで完璧な曲だということは漠然と思っていたんですが、最近になって何がどのように完璧なのかをようやく把握できて、胸がスッとしました(笑)